信頼

僕ほど彼女を気に入っている者はいない、
っていうくらい、彼女と一緒に仕事をするのが好きだったのに、最近の彼女ときたら僕でも嫌になるよ。

ダイニングマネージャーがすっかり困り果てて報告する。
彼女というのは ここで働き始めて8カ月のナイナ。
誰もが認めざるを得ないほど、機転の利く働き者で、この店を通してコミュニティに奉仕したい、という気持ちがあった。
ウエイトレスという枠を超えて、店の全体を考えてくれていた。
おおらかで、明るくて、どっしりとした存在感。
26歳の彼女は、目指せばきっとどんなことでも達成できる力のある女性だと、私は安心して見ていた。

それがある日から2週間、予告なしの遅刻、しかも店のオープンぎりぎりに来る。
当然彼女がやるべきはずのオープニングのための準備が手薄になる。

マネージャーに念を押されたにも関わらず、翌日のミーティングはすっぽかし、その日のデイナーのための4時からのシフトには4時半に電話してきて欠席を知らせる。

私が一番知りたいのは、
彼女がどうして遅れたか、
どうしてそのことを事前に電話できなかったのか、
などの言い訳ではなく、
何が、あれほどまでに有能だった彼女を、瞬く間に一番雇いたくないステレオタイプの見本みたいにしてしまったのか、ということ。

以前、「トレーディング・プレイス」というエディ・マーフィ主演の映画を観た。
一人のホームレスと有能なビジネスマンがその環境だけをそっくりそのまま代えられたら、どうなるかという賭けを 老投資家がする話だった。
ホームレスは仕事をきちんとこなすようになり、一方でビジネスマンは絶望のため自殺を図る。
人は問題ではない、環境こそが決め手なのだ、と主張する投資家に勝敗は決まる。

そんなストーリーが去来する、ナイナの言動に彼女を知る人達は皆んな混乱していた。
彼女が週6日働いていたのを半分にして欲しい、と申し出てからひと月もたたないうちに、こんなことになった。
スケジュールを変えたのは新しいボーイフレンドと町から離れた田舎に住み、そこで農業を始めるためだ。
そしてそこから彼女の 彼女らしからぬ行動が始まった。

「もう迷惑はかけない、だから週に一日だけでもここで働きたい」

そう頼む彼女に夫が声を掛けた。

ナイナは今、新しい環境で、新しい夢を期待しながら進んでいる。
そして同時に私たちの期待を裏切りながら進んでいる。
このままではいつか自分のしたことが、 自分の経験として戻ってくるよ。

ナイナは目を赤くして、私達にたくさんハグをした。

けれど、結局、週に一日でも約束を果たすことができなくなって彼女は辞めた。

今でも時々顔を出す。
まるで別人のように変わってしまった彼女。
今、彼女の思う幸せは何だろう?
どんなに曲がりくねって遠くとも、
その道の途上に彼女がいることを、私は疑ったことはない。
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by S_Nalco | 2010-11-18 18:03 | コミュニティ
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