理由

先日、ダイニングで働いてくれている女性が
話があると言ってきた。
仕事が終わって、話しをきいてみると、
それは明らかに私の気配りの足りなさからくる、
彼女の不満だった。

「私はNalcoたちに迷惑をかけないよう、
よほどのことがない限り休まずに自分のシフトをこなして、
誰かが休めば代わりにシフトに入って 
店が機能するようにいつも考えています。
不満は言いたくなかったけれど、
Rさんは突然辞めたかと思うと突然戻ってきて、
そしてNalcoはそんな彼女にまた仕事をあげている、
なんだか腑に落ちなくて。」

それを聞いたときに、
彼女の不満はもっともだと、心から思った。

彼女をはじめとする、
独身の女性はある程度スケジュールに融通がきくし、
うちにいる人たちは
この職場を大切に思ってくれている。

だから、既婚で子供がいるスタッフが、
家庭の事情、子供の病気、色んな事で休まなければならないときに 
彼女たちがカバーしてくれて、ずいぶん助けてもらっている。

なのに私は心のどこかで
「仕事をあげている」
という気持ちになっていたかもしれない。

そのときになってようやく彼女たちに対する
自分の驕りと甘えに気がついた。

「本当にごめんなさいね、
あなたの立場から物事を考えていなかったせいで。」

そう伝えてから、
私がRさんの今の大変な境遇をとても理解していること、
彼女のこれまでの働きぶりを考慮しても、
またここで働いてもらっても構わないと思ったこと、
そして彼女が落ち着いた生活を取り戻すまで、
彼女を少しでもサポートしたかったことを話した。

色々お互いの“理由”を話すうちに、
私を呼び出した彼女のほうも
すっきりして納得してくれたようだった。

私はその後、他にも彼女のように、
店の“縁の下の力持ち”になってくれているスタッフを呼んで
同じように話し、自分の心配りのなさを誤った。
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コミュニケーションというのは
その場の見えないエネルギーがスムーズに流れるためには 
本当に大切だと改めて感じた。
日頃からそのことには自分なりに気をつけていたつもりだったけれど、
日々、沢山のことがあるなかで、今回のことは思い至らなかった。

「言ってくれてありがとう」
と伝えたのは本心からで、
彼女のおかげで
私はまたひとつ、
自分勝手な理由に気がつくことができた。
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by S_Nalco | 2011-04-23 11:49 | 気づき
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