記憶の収納場所

末娘は日本のアニメが大好きで、
インターネットで毎週アップされるのを心待ちにして見ては、
ご丁寧にその内容を私に報告してくれる。

けれど、その登場人物の名前を私が覚えないものだから、
いつも呆れられている。
けれど、
「どうして、私がそんなこと覚えてなきゃいけないの?」
私はそこでいつも開き直る。


それがお店のお客様の名前を忘れたりすると、
かなりがっくりしている。

どうも自分の頭の中に蓄えておける記憶の量は、
まるで部屋の押入れの中のように
限りがあるような気がしてならなかった。

だからいつも、空いたスペースを確保するごとく、
必要のないことは即削除、
アニメの登場人物の名前なんて、
スペースの無駄使いの他ならない、と(笑)。


レストランを始めて数年後から、
お客様の名前を覚えることがとても困難になった。

常連のお客様に、
人生の伴侶ができたり、
子供が生まれたり、
孫が増えたり、
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(お店に来る子供たちが書いてくれた絵がたくさん!)

ああ、そのたびに私は書き残して復習したり、
ポストイットに記して
レストラン内の秘密の場所に貼り付けたりするけれど、
とっさのときに名前が出てこないことが多くあった。

それは、記憶の許容量には限りがあって、
自分がこれ以上覚えられないのは、そのせいだ、
許容を超えてるんだ、
と、そう考えることで納得しようとしていた。

けれど、
「未来は、えらべる!」
(バシャール、本田健・著/VOICE・ 出版)の、
記憶についての説明の章で、

「人間の記憶は脳の中にはなく、
体の外にサーバー的場所が存在し、
そこにすべてあるのではないかと思っています」
という本田健さんの問いに、

バシャールが
「そのとおりです」
と答えているくだりを読んで、
そうだったのか、と思った。

それで、ずい分前に買って一度目を通しただけの、
記憶力世界チャンピオンが書いた
「記憶力を伸ばす技術」
(ドミニク・オブライエン・著/ 産調出版)を
眠る前に少しずつ読み始めた。

それには、記憶と老化の繋がりは根拠がないと書かれている。
記憶は主観的だし、
そして心理的なものがずいぶん影響していることも。


そういえばこんなことがあった。

地元出身のジャズシンガーがいる。
彼女のチャーミングな歌声が大好きで、
彼女が地元に戻って、
コンサートをするときにはたいてい聞きに行く。

去年のクリスマスのコンサートに、
亡き祖母が昔、愛用していた服を、
やっと膨大な遺品の中から見つけたのだと、
身に着けていた黒い、シンプルなワンピースは、
彼女にとても似合っていた。

それがつい2週間前に 
彼女が子犬を連れて店に来ていた。

「リリー、っていうの」
その黒い子犬を私に紹介してくれたとき、

去年のクリスマスの彼女の黒いワンピースが蘇って、
そして、彼女の姉と一緒に、
ミシガン州にあるという、彼女の祖母の邸宅で、
二人して、その服を探し回ったという、ストーリーをふいに思い出した。

きっとそのストーリーの中で、
彼女は祖母の名前を口にしていたのだろう、

こんな言葉が私の口から出てきた。

「あなたのおばあさんの名前をこの子犬につけてあげたのね」

彼女は瞳を見開いて、
「祖母の名前を、よく覚えていてくれたわね!」
と驚いた。

私だってびっくりだった。
彼女のおばあさんの名前なんて、その時まで、考えもしたことがなかった。

記憶、というより、
ジグソーパズルがはまった、という感じだった。
その子犬の「黒さ」、ゆえに。


さて、
記憶の書庫は頭の中に存在しない、
というアイデアが自分のものになって
記憶力の可能性を
信じられるようになったのは、
私にとって、
とても大きかった。

記憶術の本を再び読むようになったのも手伝って、
人の名前を覚える作業が楽しくなった、
とひとり、嬉しがっている。


娘を喜ばせるためにも、
アニメの話にものってみようかな。
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by S_Nalco | 2011-12-11 14:56 |
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