「ほっ」と。キャンペーン

カテゴリ:日記( 36 )

ほんとうのサポートとは。

夕食の買い物をしていたら、
スタッフのYさんがボーイフレンドと一緒にレジに並んでいるのを見かけた。
声をかけて挨拶を交わしたあと、
彼女の後ろ姿を見ていると、
まるでいつもの彼女とは違う、見知らぬ人のように思えた。

彼女は20才のときから、4年、働いてくれている。

その時ふと、もし彼女が店をやめたら、私はとても淋しい気持ちになるだろうな、と思った。

長く働いてくれている人は沢山いるし、その誰をも私は大切に思っている。
でも、何故か彼女はその誰とも違うな、と気づいた。

なかには一緒にランチに行ったり、
深い話になったりするスタッフもいるけれど、
彼女とはそれほどでもない、ごく普通。



ところで・・・
私の友人で、
マッサージをする人がいる。
川の流れる音のする彼女の仕事部屋で、
まったりするのは、
私の贅沢なひととき。

ある日、
「どこか身体で気になるところがある?」
と聞かれたので、
「右耳の奥のほうがときどき、とても痛くなるの」
と答えた。
滅多に、というか殆ど医者にかかったことのない私でも、
今度ばかりは医者に予約を入れようと思っていたところだった。

「OK」
と軽く答えて
しばらく私の耳の後ろに軽く指を置いあと、
「もう大丈夫と思うわ」
と彼女が言った。
そして、すべての工程が終わったあとで、
彼女が訝しげに言う。

「ねえ、私がNalcoの耳を手当てしていたときね、
なんか変なものを見たの。それがどうしても、
今の私が知ってるNalcoと繋がらないから、
もし、違うと思ったら言ってね。」
と前置きしてから話し始めた。

なんでも、私はいくつか前の前世で
中国に住んでいたとき、
かなりステイタスの高い家の女性で、
周りの人に命令ばかりしていた。
そして周りの人の意見に耳を傾けることは一切ない、
すなわち聞く耳を持っていなかったらしい。
そのときのエネルギーを、解放する時期に来ていて、
耳の痛さになっていたらしかった。

そのときの映像が友人の頭に浮かんできて、
彼女はびっくりしたらしい。

私はそれを聞いて思わず声を出して笑った。
そして即座に言った。
「あなたは正しいわよ、
それって、私よ、
まさしく!」

彼女と私はもう10年以上のつきあいになるけれど、
もちろん一緒に仕事をしたことはなくて、
ランチや、温泉や、で遊ぶ仲間の彼女には知りようのない私。
もちろん、私だって去る中国時代(?)と今とでは程遠いくらい、
成長してると信じたいけれど、
そういう傾向が私に備わっているのは
自分でも重々承知。

証拠に家族や仕事仲間にそれを話しても
誰も
「そんなことないわよ~」
と言う人はいないし。(それもちょっとどうかと思うけど)。
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(町のチャイニーズ・コミュニティで放し飼いされているクジャク。優雅で、いつも我がもの顔・・・)

ま、話を戻すと、そんなガンコ性質な私に、
若いYさんは、
ずっと素直について来てくれたわけで。

私はスタッフに、
ちょっとでもお客様に喜んでもらえるように、
ということを言い、
最近あった出来事を引き合いにしては、
次はこんなふうにするともっと喜ばれるね、
などと話しているけれど、

考えてみるとYさんの場合、
お客様だけでなくて、
いつも私のことを喜ばせよう、
とさりげなく、思いやってくれていることに思い当たった。


そんな彼女からの波を私はいつも受けていて、
それが私を知らないうちにメンタルにサポートしてくれていたんだ、
と。

もちろん私だけにでない、一緒に働く人も
楽しい気持ちにできるよう、
その人のいいところや、
着ている服を褒めたり、
それが彼女の優しさで表現されているところがよくわかる。

そんなスキルというか、
人との繋がり方を彼女はこの4年ですっかり自分のものにしてしまった。
(4年前は人の目が気になって、
自分を守ることにエネルギーを使っていたシャイな女の子だったのに!)。


それを ちょうど数日後に予定していた彼女との個人ミーティングのときに話した。
お客様のために、一緒に働く人のために、そして私のために、
彼女がここにいてくれることに、
感謝を伝えることができて、
とても嬉しかった。
彼女ももちろん喜んで、
私の知らなかった、仕事での色んな色んなことを話してくれた。


そういえば、あれ以来、ぴったり私の耳が痛くなることもなくなった。
中国のお話はまさに過去のものに・・・ほっ。(笑)。
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by S_Nalco | 2013-05-20 16:04 | 日記

幸せなお札

今回、日本に里帰りしてその間、いくども惚れ惚れしていたのは、
日本のお札の美しさ・・・。

デザインの美しさ、云々ではなくて
お店などで、おつりとして受け取る紙幣そのものが、
たいてい新札なみに美しい!

「なんでこんなにお札がきれいなの?」

あちこちで色んな人に質問してみるも、
どうも日本人にはそれが当たり前すぎて、
私のギモンがすぐには腑に落ちないらしい、
それもすばらしい!!!

私は自分のお店でレジのお金を扱いながら、
もみくちゃにされ続けているらしい風体の
ワシントン(1ドル札)やリンカーン(5ドル札)のシワを、
せっせと伸ばしている。
「ごくろうさん、ごくろうさん、こんなに働いてくれて!」
そう思わず口について出るくらい、
この偉大なかつての大統領たちへの国民の扱いといったら!
100ドル札のベンジー(ベンジャミン・フランクリン)だって、
そうそう颯爽としているものに出会うことはない。

しわしわ、
落書き、
スタンプ。

そんなアメリカの紙幣に比べて、
日本のは、
夏目漱石さんをはじめ、どなたも
清潔感にあふれ、
プライドに満ちているように見えた。
ああ、
日本の紙幣のなんて幸せなこと!

私の小さな町の銀行に行ったって、
「もっと、きれいな紙幣ないですか?」
と言わなければならないほどで、
そうすると、
相手の銀行員は、
必死に探すことになるので、それも申し訳ない。

さて、
日本からこちらに戻るとき、
日本に預金しておいたお金を今回ドルに換えてきた。
関西空港の窓口で頂いたのは、
すべて新札のベンジー!!!

楽しかった日本滞在の最後のプレゼント!
と思うくらい、
さわやかなベンジーのお姿たちと、
新札の香りにうっとり・・・・

ほんとはタンス預金にして、
ときどき匂いをかいで楽しみたかったけど(?!)
やっぱり銀行に持っていった。

若い銀行員は、
「あら、ぜんぶ新札!」
と、私の予想どおりの反応だったので、
思わずカウンターから乗り出して、言ってしまった。

「ねえ、ねえ、すっごくいい匂いでしょう!?」

たぶん、引かれた、と思う。

それでも懲りずに、
日本から帰って以来、くたびれたお札を見るたびに、
まわりに言っている。
「日本って、お札がきれいなんだよ~」。
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by S_Nalco | 2013-05-14 05:44 | 日記

10年ぶりの再会で

今年も終わりになって、
会いたい、会わなくっちゃ、
と思ったのが、
10年前、店をオープンさせる前に会いに行ったMさん。

彼女は23年前にサンフランシスコ近郊の町に
ビジネス・パートナーと一緒に
日本食レストランをオープンした。

競争の激しいその地域で、
開店以来、いつも人で賑わう人気の店、
Mさんは今でもそこで接客をしている。

アメリカに来たばかりの頃、
しばらくの間 夫が働いていたことのある縁で、
店のオーナーで、二人の子供の母親でもある彼女から 
話を聞いていたお陰で、
私は自分がレストランを始めるときに 
ずい分と参考になるところがあった。

それで、来年、
私たちのレストランを始めて10年という節目に、
Mさんが、今、
何を考えているのか、
もう一度ゆっくり会って聞いてみたい、と思った。



サンフランシスコに行く機会があれば、
食事をしに彼女の店に寄ることはあっても、
ゆっくり会って話すのは10年ぶり。

けれど、約束したレストランに現れた
60歳を過ぎたはずのMさんは
時間の経過を疑うほどに びっくりするくらい美しくて、
笑顔や話す感じが柔らかく、
それが彼女のこれまでの暮らしを表していると感じて、
とても嬉しかった。


「OPEN YOUR HEART!」

いつもそう、ダイニングのスタッフには言うのよ、
ウエイトレスの仕事はただ、オーダーを取ってきて、
食事を運ぶだけではないものね、

そう話すMさんは今回も、
「お客様」一筋だった。

10年前に会ったときにも、
どんなに心からお客様のことを考えているかを
彼女の言葉から察知したけれど、
10年後も、彼女は変わることなく、同じことを言う。

「色んなお客様がいらっしゃるからね、
おもてなしには、これでいい、っていうことがないの。
毎日が違うのよね。」

10年たっても同じことを言い、
それを毎日実行し、
掘り下げ、
深めていった先が
決して同じはずはない。

こんなに綺麗できらきらしている彼女には
ものすごい説得力があって、
私はなんだかすごく納得した。

彼女が生き生きしている理由、
お店がいつも沢山の人に愛されている理由、
そして私が遠くにいても、彼女にどうしても会いたい、
と思った理由・・・


「私たちってほんとにラッキーよね、
こんなに大変なことが沢山あるんだもの。
世の中にはね、大変なことがぜんぜん、ない人もいるのよ。
大変なことがあるお陰で、考え方にも幅が出てくるし、
どんどん自分が成長していけるのよね」

彼女の言う、「大変なこと」というのが
「チャレンジ」という言葉にも置き換えられると思うけれど、
こんなにあっけらかんと、
だから、
「ラッキー!」
と心から言ってしまえるほどある意味、
そこを超えてしまった人、
に会えるなんて。

最近も友達と、
「もう人生、ぜんぶ4コマ漫画になるくらい色んなこと、笑い飛ばして生きていきたいよね!」
とそういって笑っていたけど、渦中にあるとなかなかそんなゆとりがない。

けれど、こうしてそれを思い出させてくれる人が
そばにいて、
話しているだけで、
私を励まし、感動させてくれる、
彼女と、同じ仕事をしているという幸運。

ふたりでたくさん喋って、
たくさん笑って、
そして温かい話にほろっと泣いて・・・。

レストランを後にする頃には、
自分の中で、みずみずしい気持ちが
来年への展望に根付いているのがわかった。

時計を見ると3時間が経っていた。
お酒を飲まない彼女に合わせて
私もその日はレモネード。
お酒なしで3時間とは・・・!
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by S_Nalco | 2012-12-24 17:43 | 日記

ベイビー・シャワー

アメリカのホーム・パーティには
「ベイビー・シャワー」というのがある。
生まれてくる赤ちゃんのために
プレゼントを持ち寄って集まるパーティで、
私はこのパーティが一番好きだと思う。

たいてい妊婦さんの友人が呼びかけて、
基本的には女性だけの男性立ち入り禁止のパーティ。

生まれてくる「赤ちゃん」を期待しながら、
妊婦さんを囲んでの食事、
「ベイビー・シャワー」お決まりのゲームや
ハンド・ワーク、
プレゼントのお披露目と続き、
切り分けたケーキを頂いておひらきとなるのが定番で、
女性だけ、という集まりが創るエネルギーも手伝ってか、
それは、それは和やかで
温かなパーティになる。

私も長女が生まれる前には友人がしてくれたし、
自分も友達のを何度か催したこともある。
ここ数年では年齢的にか、そんな機会も来なかったけれど、
今年は 私の若い友人や、
年上の友人の娘の出産を控えて
4つもベイビー・シャワーに参加できて
とても嬉しい。

私は長女を生むときに
アメリカで保険もないし、お金もないし、
で 分割払いにしてくれるお産婆さんを友人に紹介してもらって
自宅出産をしたけれど、
それがきっかけで、
自分の暮らしや考え方を大きく見直すことになった。

その後、次の子を妊娠して、
最終的には夫と二人で出産をすることを選んだときにも、
自分で「大丈夫」、と思えるまでのプロセスは、
今でも私の一部になっている。

友人にも、自宅出産や自然分娩を望む人がいて、
妊娠中から体調だけでなく、食事にも有機野菜だけを選ぶなど、
ずい分気を使っても、
最後の最後で
それが叶わずに、大きな病院に運ばれて
帝王切開になったりすることもある。

でも、思いがけない展開になったとしても、
最後に元気な赤ちゃんが生まれてくれば
それで全ては帳消しになるし、
妊娠期間の間に自分が考えたこと、やったことだけは
きちんと自分の中に財産として残っていくものだと
まわりを見ていてもそう思う。


さて、来月の初めには、たぶん今年最後のベイビー・シャワー。
今から何をプレゼントに選ぼうかと、
ショッピングに行くのを楽しみにしている。
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赤ちゃんの肌着にパーティの参加者がそれぞれに
好きな布を選んで、好みの形に切り抜いてデザインしたもの。
楽しかった~。
これまでで一番嫌だったのは、
ベビーフード(市販のビン詰め)の中身を当てるゲーム。
ほんとに不味くて、
悲しくなるほど(笑)!
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by S_Nalco | 2012-11-10 14:08 | 日記

日本町にて

10月は私とふたりの娘の誕生月。
長女はもう家を出ているので、
3人でサンフランシスコにある日本町でお祝いしましょうということに。
我が家からはおよそ3時間弱のドライブ。

家族に会う意外は日本語を使うこともない長女のお目当ては、
やっぱり日本食とおやつ、スイーツ、
日本の雑貨屋さんめぐり、
カラオケ・・・

アニメ大好きの末娘は、
紀伊国屋書店で、
おこずかいをはたいて漫画を買い放題・・・
回転すし、
100円ショップ(こちらでは$1.50になるんですが)、
ハロー・キティ、
高校の友達のお土産にと、日本のお菓子をどっさり。

うちもいちおうスシ屋なんだけどな、
くるくる回ってるおスシが好き、なんてかわいいなあ、
なんて思いつつ、
実は私も好き。
待たずにすぐ食べられる、
というところに
どうしても感動してしまう。
(私のほうは、お待たせして食べてもらっている商売だけに?)

私は、
もちろん日本の本、
と、
日常からすっかり離れてくつろげるホテル・・・
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日本町にある、HOTEL KABUKI
当日、行ってみるとお部屋がアップ・グレードされていてラッキー!

バースディ・ディナーは日本町から2-3ブロック歩いた場所にある、
YOSHI's
Seasonal
Simple
Surprise
という日本人シェフの信条がそのままお皿にのっていて、
雰囲気もサービスもとても好きでした。

ところでサンフランシスコは
10月1日からお店でのプラスチックの買い物袋はすべて禁止になって、
袋が必要な場合は、紙袋かとうもろこしなどが原料のプラスチック風の袋が
20セント。
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私の住む小さな町でもいずれそんな流れになるようで、
去年、通達が店に届いている。
法律として施行されるのはまだでも、
すでに店によっては有料にしているところもあるし、
うちでもとうもろこし原料のバッグを使用しているけれど、
テイクアウトのお客さんの意識はかなり
「NO BAG!」。

さて、帰りのドライブでは来年の10月はどこへ行こうか?と、
もう次の誕生日の話に。
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by S_Nalco | 2012-10-20 14:58 | 日記

グラジオラス

最近入ってきた20代前半の男性は、
見かけがなんだか漫画チックで
ロックなかんじ。
(プレスリーみたいな髪型で・・・笑)

皿洗いで来てもらっているから
私はちょっと遠くから眺めている。

初めて仕事に来た日、
ダイニングのマネージャーが夜遅くに電話してきて、
何事かと思えば、
彼の仕事ぶりが 
IMPRESSIVE! (すごくいい!)
だと興奮して・・・(笑)。

キッチンに入る人は
どんな人でも一度は皿洗いをやってもらう。
そうすると、
たいていのことはわかる。
仕事に対する態度、
最後まで仕事をきちんと終えることが出来るか、
手際はどうか、などなど。

皿洗い、決してあなどれない。

それがダイニングのマネージャーだけでなくて
一緒に働く他のみんながすでに、その彼を
「大好き」で。

そんな光景を眺めていた。

近所の大手スーパーマーケットでの仕事を
メインにして働いているので、
うちに来るのは週2日の夜だけ、
と聞いていたのに、
いつしか毎日彼の顔を見るようになった。

どうしたの?
と、キッチン・マネージャーにたずねると、
スーパー・マーケットは辞めて、
うちをメインにして働くことにしたんだと。

「それはうちにとってはGOOD NEWSね。
 でも、何故?
 あちらのほうが、いろんなベネフィットがあるし、時給もいいんじゃないの?」

再度たずねると、

「あっちには リスペクトがないんだってさ」、と。

そうか、
そういう理由でうちに来てくれるのか、と思った。



昨日、
お店のためのお花を買ってきて、
とりあえず、バケツに全部 入れておいた。

店内のための色とりどりのグラジオラス。
バスルームのための、
これが今年最後になると思われる小さな顔したヒマワリの束。
店の外に出してある、5つのテーブルのための オレンジ色のカーネーション。

活けるために花びんを出して用意していると、
仕事を終えて帰り際だった、彼が立ち止まって言う。
「花がすごくキレイだね!
僕はとくにこの花が好きなんだ」
そう、グラジオラスを柔らかに撫でながら言う。

ロックななりで、
およそ彼がそんなことを言うなんて思ってもみなかったのに、
それがあまりにも自然で、心からの言葉だと思えて、
なんだか不思議だった。

そして彼がここで働くことに決めたことは、
ごく自然なことだったんだと腑に落ちた。

昨日の、
グラジオラスに触れた彼の手の温かみが
こちらにも伝わってきそうで、
今日も、そのことを思い出すだけで
私の心はほっこりする。
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by S_Nalco | 2012-10-11 02:42 | 日記

自分の居場所

店にスタッフとして入って来る前からの知り合いで、
人柄がとても良く、他での仕事ぶりも良いことがわかっていたので、
店で働きたい、と言われたときにはすぐに返事をした。

ところがその彼、
仕事がなかなか覚えられない。
スピードがあがらない

辛抱強く人を育てていくことには、
なかなか定評があるうちでも、
なんだかなあ、という感じの雰囲気になってきたそんな頃。

ある日、
そんな彼と同じ年代の男性が入って来た。
入った日から全開、
早いし、器用。
いっしょに働いて楽しい人らしく、
すぐに店のスタッフともうちとけた。

ふたりのまな板を隣り合わせにして、
競わせたら、
彼は自分ののろさ加減に気づくんじゃないか、
そうしてみよう、

そう提案してきた別のスタッフがいた。

それはひどいな。
そんなことをすれば彼のような人は
ますます自信をなくしていくだけだ。



適材適所、
という言葉があるように、
こんなところに置いておく
私たちのほうに責任があるんじゃないかと思い始める。
彼にはきっと、違う居場所があるのかもしれない。


やっぱり何年も前に
仕事は丁寧でも、速度がそれ以上に伸びない、という人がいた。
でも、マイペースで、何でもこつこつとやっていく勤勉タイプ。

いつか、自分の本当に好きなことを
仕事にしていく人だと思っていたので、
聞いてみた。
「どんなことを将来やろうと思っているの?」

「まだ、わからない。
でも、人から ありがとう、って言われることをやりたい」。


そう言っていたことを思い出した。



誰かに、

「ありがとう」

と言われることで
人はこの世界の中に、
「自分の居場所」を見つけられるんだと
何かの本で読んだ。


人と競って自分を知るのではなくて、
自分なりにとことんやってみて、
自分を知ってほしい。

どこに行けば、
自分への
たくさんの「ありがとう」が見つけられるのか、

それには今、目の前にあることを
真剣にやっていくしかないのだから、

もうしばらく、
彼を見守っていようと思う。
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by S_Nalco | 2012-10-02 03:46 | 日記

山火事

私の住む町の名前は
この地域にもともといたネイティブ・アメリカンの言葉で、
「山に囲まれた谷」
という意味らしい。

日本の、
瀬戸内海の緩やかな山並みにも似て、
見渡していると
自分の小さい頃を思い出す。

けれど、ここは夏の間は「決して」、
というくらい雨が降らないせいで、
毎年山火事があちこちで発生している。
もちろんこの近辺だけでなく、
山並みが続く、お隣のカウンティの火事の煙が
こちらまで届くということもあって、
夏にはつきものの、山火事。


先週も山から煙が上がっているのが見渡せた。
買い物の帰りに、
もくもくと続く煙と、
消火の為、行き交うヘリコプターの音を聞きながら、
自分の日常のすぐそばにある、
非日常を思った。
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こんな様々な非日常が、
世界中で起こっていることを思い出すと、
当たり前の普段の暮らしが
当たり前でなくなる。
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かなり前になるけれど、
家族で山の中で暮らしていた時に
山火事で避難のために山を降りなければならないことがあった。

私は当時住んでいた山と、
山の暮らしが大好きだったので、
山火事のあと、変わりきってしまった山の様子にずい分泣いた。

真っ黒な大地、
足が埋まってしまうくらいの灰の森、
倒れて煙を吐く木々。

それでも私たちが住んでいた山小屋は焼け残り、
やはり焼けてなかったソーラーパネルのお陰で、
山に戻ってきたその日の夜も、
明かりを灯して、
家族で食卓を囲むことができた。

非日常の山火事のあとの、
真っ黒な大地の中に
ぽつんとある、
山小屋の中の
それは小さな、小さな日常だったと、
今ならそう振り返られる。

どんなことが起こっても、
淡々と、暮らしていくことが
この自然界なのだと、
毎夜、見上げていた星空を鮮やかに思い出す。

その時の火事は、
山の尾根をどこまでも南下して、
1ヶ月以上も続いた。
だから、その年にこの辺りで収穫された葡萄で作ったワインは
心なし、煙の香りがする。

私は一口飲んで、好きではないと思った。
でも、歴史を語るそのワインを好む人は多くて、
今も誰かのワイン貯蔵庫に眠っているかもしれない。
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by S_Nalco | 2012-09-12 01:13 | 日記

土鍋

この冬に土鍋の蓋を割ってしまった。

家族5人にはぴったりの大きめの土鍋で
とても気に入っていたのでがっかりだった。

サンフランシスコまでまた買いに出かけても、
気に入ったサイズや柄があるのか疑わしく
新調するのもおっくうな気分だった。

それが
春に友人が日本へ帰るというので、
それまで彼らが使っていた土鍋を夫が貰って来た。

二人暮らしの友人の土鍋は
これまでよりフタマワリも小さくて、
私はもらった箱のまま戸棚の奥にしまっていた。

***

今年の夏は
まとまった休暇はなしで、
とにかく仕事をしようと決めていた。


やりたいことが山積みで、
去年の夏に
夫とこれからの5ヵ年計画を立ててからは
なおさら先に進みたい気持ちばかりがはやる。

5年のうちにやっておくこと、
5年後のピクチャーがあれば、
毎日はけっこう動的になる。
というわけでブログも長いあいだ更新していませんでした。
(何度も来て頂いた方、本当にありがとうございます)


でも、そればかりじゃなく、

2年前に長女が家を出て、
この初夏には息子も家を出た。
そしてついに末娘が一人っ子と、めでたくなって、
我が家は3人家族になってしまった。

末娘はこの8月から高校生になり、
だから
私はこれでもっともっと仕事ができるわ!と言ったら、
夫は
「そうは言っても、まだ彼女は子供だよ」
と 私をけん制する。



ある、急に涼しくなった夏の夕方に、

しまっておいた土鍋を出して、
義母から教わった料理の中で一番好きな、
「ごぼう鍋」を作った。

こんな小さな土鍋、
と思っていたのに、
それは3人には十分で、
翌日の分まであった。



日本に住む84歳の父は
肺炎で入院した。
退院後、電話をしたら、

「100歳まで生きるから大丈夫、
そうしたら、お前はまだ50年以上もあるな、
そりゃ、すごい。
頑張れよ!」
と励まされた。

そうか、
あと50年か、

その間、
何度、土鍋を
自分の生活にあわせて変えることになるんだろうな
とふと思った。
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by S_Nalco | 2012-08-28 14:34 | 日記

オフィスの移転

ホーム・オフィスを
テイクアウト店の奥にあるスペースに移した。

店のほうに十分なスペースがあるにも関わらず、
今まで家の一部をオフィスにして
仕事をしていた。

時間的にフレキシブルで
仕事をしながら、
家事、洗濯が出来て、
子供たちと一緒にいられること。

ホーム・オフィスは働く主婦にとっては、
これ以上ない魅力的な仕事場だった。

思い返せば、おむつでパンパンだった私の大きなバッグの中身が、
(私は末娘のときには殆ど紙おむつを使わなかったので)
いつしか店に関することの書類にとってかわって、
その中には子供達の学校からのお知らせや、
お稽古事の道具なども混ざって
まさしく公私混同。

ホーム・オフィスのファイル・ケースの中では
銀行ステイトメントの後には、
子供達の成績表をしまうファイルが並んでいた。

それが先日、
思い立ってすべてを店に移した、

ら、

私の生活に身軽さが蘇ってきた。

店から離れて
家に帰っても、
視覚のうちにはいつも
机に積まれた仕事が目に入っていて、
私の日常には
仕事から100%離れる、
ということがなかったことに
オフィスを移した後で、初めて気づく。


丁度、
授乳をやめたとき、
身体がすっかり楽になって、

自分の本来の身軽さに
びっくりしたような・・・

そんなことを思い出した。


机や、ファイルケース、コピー・マシーン、
資料の積まれた本棚、シュレッダー・・・
そんなものがなくなって、
すっきりとしたダイニング・ルームの一角に、
赤いソファだけがポツンと残った。

そしていつしか大型テレビが陣取って、
いつも誰かがそこで寛いでいる。

家に帰っても、
これまでのように仕事をすることがなくなった今、
家事を済ませた後は、
なんとなく、
娘の部屋のベッドでごろごろしていたら、
仕事から帰ってきた夫が、
顔をほころばせる。

「ママは家にいても、
家事か仕事のどっちかだよね」
と子供が言うのを
大げさだなあと思っていたけど、

今思えば、こんなのんびりしたフィーリングの中で、
幼かった子供達と 
もっと過ごせれば良かったのに、と
ちょっぴり切ない。
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店をオープンした頃まで住んでいた家を
先日、用事があって訪ねた。
洗濯物を干していた、懐かしい庭で遊ぶ娘。
でも、今は便利な町中の生活が気に入ってます。
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by S_Nalco | 2012-05-07 14:35 | 日記