カテゴリ:日記( 36 )

色々な色

ある日、
私のお気に入りの
ダイニングスタッフが
嬉しそうに報告してきた。

「このあいだのディナータイムのときにね、
 とっても素晴らしいお褒めの言葉を
 お客様からもらったのよ」

「どんな?」

「あなたはまるで、ホワイト・バージョンのNalcoね、って!」

ホワイト・バージョン!

他国民族で構成しているアメリカでこその、こんな表現。
でも、「そんなこと言っていいの?」
って感じだけど、
イエロー・バージョンの私はこれを聞いて、
大笑いした。

お客さんで、
ラスト・ネームがホワイトさんと言う人がいて、
娘と町を歩いているときに、
その家族に会った。

「あら、ホワイト・ファミリーがお揃いで!」
と声を掛けると、
娘がぎょっとしたように私を見たけれど、
あとで、名前が「ホワイト」だと知るとほっとしていた。
(娘よ、私がそんな失礼なことを言うとでも?)

宗教と政治、野球の話はタブーと言われる。

先日もお店で仲良くなったお客さんの家へ呼ばれて
一緒に晩御飯をご馳走になったけれど、
ユダヤ人の彼らと、
話が多岐に及んでくると、
民族性、宗教、は相手をより深く理解するのに役立つから
そんな話にもなる。

そんな時、いつも思い出すのは、
相手を100%理解することなんて不可能だということ。
それをわかったうえで、
相手を果てしなく、
理解しようとする姿勢だけが、
常に希望なのだということ。

その姿勢があるから、
尊敬や、謙虚さが生まれる関係が出来るのだと思う。

たとえ同じ、イエローでも、
二つとして同じ色はないのだろうから。
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(庭で咲いた色とりどりのチューリップ、
 店に飾って、スタッフや沢山のお客さんに喜んでもらいました)
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by S_Nalco | 2012-04-23 07:42 | 日記

観察日記

今年に入ってダイニング・スタッフとの個人ミーティングが
順調に進んでいたのは前回も書いたとおり。

ところが今週に入ってから急遽セットアップした、
若いアルバイトとのミーティングは散々だった。

その、Kさんとの話が終わったあとで、
店のオフィスに行くと、
ペーパーワークをしていた女性スタッフが私に声をかけた。

「Hi, Nalco! 元気!?」

いつものように、たいてのことは横に置いておいて
「もちろん元気よ!」と言う代わりに、

「実はすごいひどい気分よ」

と言うしかなかったほど。

怒りは体内を酸化させるらしいから、
感情的にだけでなく、健康にも良くない、
というのは実際に怒ってみるとよくわかる。

Kさんとのミーティングは去年から何度もやっていて、
毎回、同じテーマを違う角度から話したり、説明したりしてきた。
でも、ついに今回は、
何度も同じことを言わせるKさんを目の前にすると
不機嫌になる自分を抑えられなかった。

励まして、少しの進歩でも褒めて、
というやり方がたいていの人を伸ばすのに、
Kさんの場合は一進一退で進まない。

それよりも、感情を抑えられなかった、
自分への嫌悪だけがミィーテングの後に残った。


余程のことがない限り、うちでは
「相手が諦めないなら、うちも諦めない」
という変なオキテ(?)のせいで 
素直で、明るい性格のKさんを雇い続けている。
Kさんなりに一生懸命なのはわかっている。
その一生懸命の結果が私の思い通りでないだけだ。

うちでは20代前半の若いスタッフが5人ほどいるけれど、
その子たちを前にして、
いつもある私の視点は、
彼らの「親」が喜ぶようなボスでいよう、ということ。

彼らにとってはお給料が一番大事でも、
彼らの親にしてみれば子供のために、もっと大事なことがある。

それを私はいつも見ている。

私にも20代の長女を含め、3人の子供がいる。
長女がアルバイトした先の何人かのオーナー。
反面教師もいたし、
私が実際に行って、御礼を言いたくなるような、
娘のことを思った的確なアドバイスをしてくれた人もいた。

実際にその若いスタッフより、
背後に見える彼らの親のことを考えると、
ことさら彼らを大事に思う。

今、「ここ」、が彼らの長い人生の中では初期の成長過程で、
私はその「時」を共有させてもらっているだけ。

彼らの計り知れないこの先の可能性を思えば、
光栄なことだとさえ思う。

若い人が精神的に成長していくのは、
夏休みのひまわりの観察日記のように
そこにはお約束の「実り」が必ずついてくる。
ただひと夏で結果がでるわけではない。
そのかわり、見たこともないような大輪になることもある。

その観察日記が楽しいから、
夫が言い出した、あんな変なオキテも健在なのだ。

Kさんの観察日記には、

その日は
嵐だった、
と書いておこう。

ひまわりは、それでも上を向いているようです。
がんばれ。
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by S_Nalco | 2012-01-22 18:07 | 日記

明けましておめでとうございます。

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2年前に娘が20歳を迎えた時

サンフランシスコのダウンタウンで、
着物を借りて、
着付けをしてもらいました。

海外に住んでいて、
こんなに簡単に
満足な思いができるなんて。

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2012年、
たくさんの笑顔が咲きますように。
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by S_Nalco | 2012-01-04 12:45 | 日記

TATTOOの理由

店には若い人も多く働いてくれているけれど、
共通点を挙げるなら、皆んな素直。
不器用でも、歩みが遅くても、
素直に聞く耳さえあれば、
本人はどんどん上達していくものだということを
これまでに沢山の人を雇ってみてわかった。

19歳の男の子は、
地元の大学で勉強しながら、うちでアルバイトをしている。

「働く」ということがどういうことなのか、
というところから、教えなければならなかったけれど、
一心にこちらの伝えることを聞こうとする態度と 
諦めないところが気に入っている。

ある日、仕事の途中で、
「家でちょっと大変なことが起こったんです。帰ってもいいですか?」
と青い顔をして言ってきた。
もちろん、と言って、急いで引継ぎをして帰らせた。

何があったのかは今も聞いてない。

いったい何が起こったのか、というよりも、
大人になる過程で起こる出来事によって 
導かれる、彼の思考の行方を思った。

その後入った携帯電話のメッセージには、
「これまでの僕の人生で最悪の出来事が起こった、今も手が震えてる」
とあり、翌日の仕事も休んだ。

結局、お客様相手で暗い顔をしては出来ない仕事なので、
「一週間ほど休んだら」、
と私のほうから提案した。

「私でできることがあれば何でも言ってね」
とメッセージを送ると、
日本語で、
「記憶」
という文字の写真を送ってきて、
「これは“メモリー”っていう日本語で合ってる?」
と聞いてきた。

「Nalco、僕はもっといい人間にならなければならないよ。
僕はTATTOO(入れ墨)には興味なかったけど、
今度ばかりはこの文字を入れ墨しようと思ってるんだ。
いつも、いつも自分の腕に刻まれたこの文字を見るたび、
あの日に起こったことを思い出し、
自分がもっといい人間になれるようにと願うんだ。」

彼の大型犬のような忠実な瞳を思い出した。

そこまでしなくても・・・・、
やっぱりTATTOOには反対派の私はとっさに思う。

「記憶って文字はそれであってるけど、
TATTOOに関しては、またゆっくり話そうよ。
そうでなくっても、あなたはもうすでに前よりも、もっといい人間になってるよ。」

私は彼にそう、メッセージを返した。

日本の「入れ墨」とは違って、
こちらではまるでポップ・アートの感覚で、
この小さな町に、3軒もTATTOOショップがあるほど
多くの人が身体のどこかに、TATTOOを入れている。

なかでも、漢字をTATTOOにするのは「クール」だと思われているようで、
「愛」や「友」、「忍耐」、こんな字まで?と思うようなものまでよく見かける。
(「夫」と自分の首筋に入れている初老の男性もいた)。
一生モノになるはずのTATTOO、
洋服のように脱ぎ捨てられるわけでもないのに、
人はどうしてそんなに簡単に自分の身体の一部にできるのかな?

ところで、次に会ったとき、
彼はすでに「記憶」をTATTOOにしてしまっていた。
しかも手首にかなり大きく。
これならば長袖を着ていても、
この文字はいつも彼に存在を主張していられる。

「今日、中国人のお客さんが来て
(記憶)の
中国読みを教えてくれたんだ。」

笑う彼を見て、
これで彼のまっすぐな心に
彼なりのけじめをつけたんだなあ、と眺めている。
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うそでしょう???
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by S_Nalco | 2011-11-20 18:34 | 日記

1年のあとに。

末の娘は、1年間の日本での中学生生活をこの3月で終えて、
4月からはこちらで残り2カ月、
再び中学1年生をやっている。

彼女の日本語の語彙が増えて、会話が弾む。
YOUTUBEからお気に入りの日本の曲を出しては私に聞かせ、
「このメンバーは紅白にも出たんだよ」
とその認知度をアピールする。

どんなに日本語を学んでも
「紅白」がどんな番組なのか知らないと、こんな発言はできない。

長女や長男とはできない会話が彼女と私、夫の間で咲いている。

こちらに戻って来て 学校に行き始めた頃は、
まさしく借りて来た猫のようだった。
びっくりするくらい大人しくて、
新しい学校に挨拶に行ったときにも
教頭先生の質問に答えるのも大変そうだった。

「どうやってアメリカ人と接していいかわかんない」

そう言っていた。


アメリカで生まれ、

12年間を過ごし、

たった1年間、日本に行って来ただけなのに?


「日本に行ったときね、
アメリカの全部を捨てなきゃ、
日本の学校に溶け込むことなんてできない、
って思ったんだよ。
それで全部捨てて来た。」

日本でできた仲良しの友達には、
普段はメールでやり取りし、週末には電話をしている。

部屋から聞こえてくる、
友達と話す彼女の日本語のひとつひとつが
光って、
跳ねて、
そこらじゅうに色を作っているような感じがする。

6月初めから始まる長い夏休みの間にある、
友達からのサマーキャンプの誘いも断って、

「この夏は、ひたすらのんびりするよ~」

と去年の夏休みのぶんまで取り返すつもりでいるらしい。
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by S_Nalco | 2011-05-15 03:29 | 日記

素晴らしい人々

日本に戻る前に 
地震のニュースを聞いた常連のお客様、シルビアは、
日本にいる私の末娘のことを心配して、
電話してきてくれた。

だから、日本から娘を連れて戻ったときには、 
すぐに彼女に連絡したかったのだけれど、
連絡先が見つからなかった。

シルビアの
娘さんとは
私のフェイスブック・フレンドなので、
娘さんにメッセージを送ってみた。

すると驚いたことに、シルビアも最近フェイスブックを始めたという!
すぐに探索して、お友達リクエストを送ったけれど、
まさか彼女がオンラインのソーシャルネットワークを始めるとは、
びっくりした。
彼女は今年、94歳になるのだから。

彼女は毎日の水泳と、
レストランではいつも赤ワインを欠かさない。
ずい分前に 私が子育てのことで悩んでいたときに、
ふとシルビアに漏らしたことがあった。
「はじめっから子育てをやり直せたら、って思うのよ」
すると彼女が言った。
「もう一回やり直したとして、
今回やった間違いはしないかもしれないけれど、
今度は別の間違いを犯すものなのよ、
だからやり直すなんて考え、まったくいい考えじゃないわよ!」
私はそのアイデアに目からうろこで、
「それもそうね、」と二人で大笑いした。

私がシルビアからもらったような
「長老の言葉」を
店のスタッフもきっとそれぞれがもらっているに違いないと思う。
スタッフ全員が彼女の熱烈なファンなのだから。

思えば、
年を重ねるとは、その分、賢くなること、
そう思わせてくれる人々に多く出会ってきて、今の私がある。

20代の初めでアメリカに来て、
素敵で、パワフルな40代の女性達に出会い、
自分の生きる方向性が変わった。
以来、自分が40歳になるのを楽しみにして生きて来た。
私はすでに40を数年前に超えたけれど、
40歳になったときのちょっとした誇らしさ、
あの頃、私がお手本にした彼女たちに、
少しでも近ずけているだろうかと 襟を正す気分だった。

友人のお母さんはつい最近、
90歳の誕生日を元気に家族で祝って数日後に 
心臓発作で亡くなられた。
時々、オーケストラのコンサートに
友人と一緒に誘ってもらったことがあったけれど、
いつも ヒールの靴に 品の良いワンピース、
ピンクの口紅をつけて、
背筋の伸びた姿勢は私たちの誰よりも美しかった。

90歳間際であれほど美しく、エレガントな人には、
もう出会うことはないだろうと思っている。

今、私には60代、70代の素敵な友達がいる。
いつか私がその年代に辿り着くための水先案内人でもある。
彼女達の これまでの体験をおしゃべりの合間に聞けることだけでなく、
来た道とこれから行く道の微妙な境目で、
彼女たちがこれから体験すること、選択していくことは、
私にも興味深い。


私の敬愛する年上の女性たちの 一番素晴らしいと思うのは、
彼女たちは笑い飛ばすことを知っているから。
それでいて、深く、愛の対象と視野が広い。
もちろん素敵な年の重ね方をしている紳士方も
沢山知ってはいるけれど、
私をとりこにするのはいつも女性。

けれど、もうご存じの人も多いと思うけれど、
今回の地震で「被災おじいさん」と呼ばれている、
沢山の人を勇気づけた人がいる。

地震から3日後に救助された、この初老の男性は、
救助されたときには素晴らしい笑顔を見せて、

「大丈夫ですよ、チリ津波も経験しましたからね。
 大丈夫ですよ、再建しましょう」

と言った。

 世の中には、悲しみの状況にあっても、
こんなふうに人を照らすことのできる人もいるんだ、
というか、
この人はいつも、照らす側にいることを選択しながら、
これまで生きて来られた人ではないかと思った。


私も、この映像を見てから、
自分の中心にようやく戻ることができた。

本当にありがとうございます。
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by s_nalco | 2011-04-02 19:32 | 日記

日本から戻って。

日本から4日前に戻って来た。

一年間、日本の中学校へ
留学していた末娘を迎えに行くのが目的だったけれど、
今回の日本行きには、
色んなストーリーが自分の中で絡まっていて、
それらが整理できるのは、もうしばらくかかりそう。

けれど、日本では、
友人と集い、
家族でお彼岸の墓参りをし、
骨折して病院でリハビリ中の父を見舞い、
彼の話しに耳を傾け、
義姉の誕生日を祝い、
娘が留学中にお世話になった人々にお礼をした。

それらのことが、私をずい分元気にしてくれた。


今、日本で多くの人が、大切な人を失ったときに、
家族や、友人と時間を過ごし、
沢山の感謝を表す機会が与えられたことに。


戻って来てからも、
家を離れていた長女も、しばらく妹と過ごしたいと
帰って来ていたので、
久しぶりに家族が揃って賑やかにしている。

今日は夜になって、みんなで
「Red riding hood」という映画を見に行った。

友人の息子が大学を中退して、
俳優を目指してハリウッドへ行ったのは7年前。

その彼が今回この映画で、
Manma Mia に出ていた
アマンダ・セイフライドの相手役という大役を果たしている。

映画は 私たちにはおなじみの、
「赤ずきんちゃん」をサスペンスとロマンスで創作しなおしたもの。
おとぎ話の世界と、
ヒロインのアマンダがとても美しく、
また、「おおかみ」が誰だかわからなくて、最後まではらはらさせられた。

 子供達は小さな頃から、
スクリーンの中のピーター役であるシャイローを知っているので、
なおさら楽しんだようだった。

 リスクをおかしながらも、
自分の夢を実現させながら生きている人が
まわりにいるというのは、
私たち、とくに子供たちにとっては大きなギフトだな、と
彼らのきらきらした瞳を見ながら そう思った。


この映画、6月に日本で公開予定だそうです。
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by S_Nalco | 2011-03-28 15:42 | 日記

ことば

買い物などをして、
店の人から「THANK YOU」と
一言も言われないことが
たまにある。

私は客商売をしているので、
そういうことに敏感なのかと思ったけれど、
アメリカ人の何人かの友人にも、
私と同じように感じている人がいることがわかった。

だから買い物に行くと、私のほうからいつも、
品物を受け取るときに「THANK YOU」と言うことにしている。

するとたいてい、
「YOU ARE WELCOME」(どういたしまして)
と言われて苦笑する他ないけれど、
まあ、ここはアメリカ、
期待せずに、こちらが柔軟に、と決めている。
(もちろんうちの店では、こんなことは絶対あり得ません 笑)

友人からしてみれば、
「なんでお客のほうから、言わなきゃいけないの?」
という意見もあるけれど、
うちのお客さんだって、こっちが言うより先に早く、
「THANK  YOU」と笑顔で言ってくれる人がいる。

こんなこと、日本にいるときは考えることもなかったけれど。

サンフランシスコの日本町に行って、
クリスマスプレゼントにと、友人に桜の柄のポーチを買った。

そしていつものように、何気なく日本語で、
「ありがとう」と品物を受け取ると、
店員の年配の女性が とても丁寧な感じでこう言ってくれた。

「こちらこそ、ありがとうございます」。

じーん、ときた。

「こちらこそ」の意味合いになる英語は・・・
色々あると思うけれど、日常的には
Thank YOU
とYou の部分を強調した言い方を 頻繁に聞く。


日本にいるとそうでもないかもしれないけど、
やっぱり、
日本語っていいなあと思う。
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by S_Nalco | 2010-12-20 16:59 | 日記

花の写真

友人が去年から花の写真を撮り始めた。
「これが私のやりたいことだってわかったのよ」
そう言って、仕事の合間にあちこち旅行しながらレンズを向けている。

自分の大好きなことをやっている人を見るのは とても楽しい。
彼女らの“わくわく”がこちらにも伝染してきて、元気になる。

今年の夏の初めに店の倉庫が火事になったとき、
彼女の庭で写したという、
サーモンピンクのバラの写真を持ってきてくれた。
バラの向こうには小さな白いマリア像がぼんやりと写っていて、
こんなメッセージが添えられてあった。

“SACRED PLACE、SACRED SPACE”

写真はとてもパワフルで、
同時に彼女の柔和な人柄そのものだった。

店のフロントに飾ったその写真を毎日眺めているうちに、
そうだ、そろそろ店内のアートを変える時期になっているし、
彼女のところから幾つか花の写真を貰って来よう、
と思いついた。

ライラック、
ボケの花、
朝顔、
カリフォルニア・ポピー・・・、
彼女のコレクションも随分増えた。

けれど、彼女のオフィスで、
一緒にコンピューターから写真を見て行くうちに、
彼女が店にプレゼントしてくれた、
サーモンピンクのバラとマリア像を 
違ったアングルやフォーカスで写した、
一連のものがどうしても気になった。

だから結局私はそれらのうち、5枚を選んだ。

バラの花だけのもの、
マリア像が大きく写っているもの、
バラと像が写っていて、バラにフォーカスがいっているものと、
バラにフォーカスがいっているもの。
バラが大きく写っていて、像はぼんやりと背後にあるもの。

ひとつのシーンを 
様々な表情に見立てて写している何枚もの写真は、
不思議な謎解きを仕掛けているようだ。

私はフレームを選んで、
店の壁に飾った。

穏やかな光の放射。

この写真たちは、
どんな流れを店に運んできてくれるだろう?


もうすぐクリスマス・・・。

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by S_Nalco | 2010-12-14 18:42 | 日記

クリスマスの時期に

毎年この季節になると、
友人とクリスマス・ディナーやランチを楽しむ人が多い。

ランチの予約は、5人以上のパーティか、
60歳以上のシニアに限らせてもらっている。

たいていは席の回転が夜に比べて早いのがランチの特徴でも、
クリスマス時期になると、集って、
プレゼントやカードを交換し、食事と会話を楽しんでいる。

一年の締めくくりに感謝を伝えたり、
フレンドシップの絆を深めたりする機会が 今。
見ているこちらもほのぼのする。

私は毎年、この時期に 
クリスマス・ディナーを一緒に楽しむ友人と、
今回はサンフランシスコまで足を延ばすことにした。

ダウンタウンにホテルを取り、
さんざん街を歩いてショッピングをしたり、
クリスマスの雰囲気をたっぷり味わったあとは、
日系ホテルの中にある、レストランへ。

白いテーブルクロスに、
ウエイターもブラック&ホワイトのいでたち。
入るとワインバーがあって、続いてスシバー。

私たちは、スパークリングワインのリストに
スパークリング・サケのある、太いワインリストを渡された。

まずシャンパンで乾杯。

メニューは、とりあえず日本食をベースにしているけれど、
各国から観光客の多いサンフランシスコだけあって、
日本食の型にはまらない、ユニークなメニューになっている。

例えば、鯛のお刺身。
まっすぐに一切れずつ並べられたお刺身に、
オイルでのばしたカレーソースがかかっていた。
そしてアクセントにザクロの赤い一粒。

カレーソースは美味しかったけれど、強すぎて、
せっかくの鯛が台無し。
がっかりだった。
(私は鯛が好き。でもうちの店では置いてないので。)

でも、アメリカ人の友人が大喜びで箸を伸ばしているところを見ると、
やっぱりこれはこれで、OKなのだと納得する。

うちでもあぶった白まぐろに少量のニンニクとネギをのせる。
私には美味しいと感じるけれど、それが邪魔になる、と言うお客様もいる。

そこでの、あぶったマグロのお刺身には、
山椒がちょっぴりのせてあって、
大根、ビーツ、ニンジンの根野菜の千切りのマリネ添え。

盛り付けが綺麗で、ほんとにちょっとした工夫の一品。

でも、どんなにシンプルでも、
こうして前菜の、ひとつのメニューに仕上げる、
ということがひと仕事、と思う。

アイデアは沢山あって、うちでもスタッフはあれこれ呟くけれど、
なかなか仕上げるところまで辿り着かない。
日頃の仕事だけでめいっぱい、というところ。

メインには、サーモンのグリルを食べようと、二人で話していると、
すかさずウエイターがワインを勧める。
上手だなあ、と思う。
タイミングと、さりげないワインへの情熱。
どんな仕事でも、自分がどんな時に、何をするべきか、
明確にわかっている人は気持ちがいい。
特にサービス業は臨機応変なので、
一瞬一瞬、自信をもってお客様に対応することが大切だと
彼を見ていてつくづく思う。

勧められた、ニュージーランド産の白ワイン(ソービニヨン・ブラン)は、
これ以上ないというくらい、サーモンのパスタ添えに合って、大満足。

食後のお茶は黒い鉄瓶にそれぞれ入って、
バナナのクリーム・ブリュレ、
チョコレートケーキのアイスクリーム添え、と一緒に。

帰りは、サンフランシスコお馴染みの、
ケーブルカーが走る通りにある、メーシーズへ。

メーシーズデパートのショウウインドウの中で、
クリスマス時期だけ、
行き場のない、子犬や子猫が遊んでいる。

飼い主を探し、主催する団体への寄付を募っている。
子犬達は愛くるしくて、なかなかそこを離れられない。

「クリスマス時期のサンフランシスコで、一番好きなところ」
友人が言う。

ユニオン・スクエアーでは、雇用状況についての集会が声高に
メガホンを通して行われていた。

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ショウウインドウの中で遊ぶわんこたち
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by s_nalco | 2010-12-09 19:57 | 日記