カテゴリ:日記( 36 )

あなたが大切

レストランをオープンする前の
私の日記に、こう書いてあった。

「私のやりたいこと。

それは、
レストランの仕事を通して、
「あなたが大切」
とひとりひとりに伝えること。」



人は誰もが
「大切にされたい」と願っている。

様々な人の欲望も、
様々な人の悩みも、
ここから始まっていると言えるかもしれない。

誰かを大切に思う気持ち、
そしてそれよりも大事なのは、
自分を大切にする気持ち、
そして実際に 大切にすること。

まず、自分を大切にせずに、誰を大切にできるだろう?


一週間前に、以前店で働いていた人が亡くなった。

若い人が自ら命を絶つことほど、
心がしぼんでいくことはない。

そして今日、 
たまたま見つけた日記の箇所をもう一度読む。

私はほんとうに、自分の仕事ができているかな、
「あなたが大切」と、
出会う人に、伝えられているかなと。

9年も前に書いた日記の言葉の重みを、今、かみしめている。
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by s_nalco | 2010-12-05 19:20 | 日記

ソーラー・パネル

感謝祭が終わり、
一緒に過ごした友人が帰ったあとの夕方、
ベッドで本を読んでいるといつの間にか眠っていた。

目が覚めるとどこもかしこも真っ暗で、
しかも明かりが点かない。
停電だった。

10月頃からカリフォルニアは雨季に入るけれど、
雨が降り始めると、このあたりは毎年停電に見舞われる。

この7年間に数回、
停電のために営業ができなかったことがある。

こんな便利な世の中になった今でも、
電気が使えずに活動を止めてしまうしかない状況が 
どこかおとぼけている感じがして、笑ってしまう。

2000年を迎える前の騒ぎは10年も前のことだけど、
何か、私たちの暮らしの裏には普段は気づかない、
不自由さがあることを思う。

真っ暗な中、私ひとりが家にいて、
そういえば 停電の夜を家で過ごすのは初めてだと気づいた。

うちは料理もガスではなくて電気なので、お茶も沸かせない。
冷蔵庫、暖房、電話、コンピューター、
すべて電気がまかなっているので、すっかりお手上げ。
私の携帯電話と、車は息子が使っていた。

真っ暗な中、
掛け時計の音だけが、響いている。

キャンドルに火をつけて、瞑想をすることにした。
お腹が空き始めていたけれど、ごはんも炊いてなかったし、
いつまで停電が続くかわからなかったので、
冷蔵庫を開くのもはばかれた。
瞑想以外、他にすることを思い当らなかった。

こういうとき、他の人はどんなことをして、
真っ暗な中、ひとり時間を過ごすのだろう?

電気も水道も通ってない山の中で暮らしていた
12年前の日々のほうが、
ずっと地に足がついた力強い暮らしだったように思えた。

薪を運んできて火を作り、暖を取り、料理をし、風呂をわかす。
明かりはソーラーパネルとロウソク。
水は泉から引いていた。

もちろん夏の間は水源が低くなるので、
気をつけて水を使ったし、
雨の多い冬には明かりを点ける時間を減らした。

けれど、薪を運んできて、
それが減っていくのを見ながら火を作るように、
自然の中での暮らしは予測不可能のようでも、
その中で計画可能だった。
こんな急な停電なんて、なかった。

町に下りて暮らすようになったら、
ソーラーパネルを装備した家に住みたい。
そう願っていたことを思い出した。

どんな町の中に住んでいようと、
自分がこの宇宙という、
自然の中で生かされいることには変わりないこと、
太陽の光を私たちの暮らしの中で使用可能にした、
人間の知恵の素晴らしさの恩恵、

私にとって、ソーラー・パネルとは、
町と山の生活をつなぐ、
象徴だったことを思い出した。
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by S_Nalco | 2010-11-28 20:17 | 日記

またどこかで。

立派な体格のD氏。いつも友人や奥さまと5,6人で週に1度は来られていた。
帰りにはグローブのようなごつい手を差し出され、また来週、と握手して下さった。

93歳のR氏は愛妻家で、ご自分だけは杖をついているのに、いつも奥さまの椅子を引き、彼女を座らせてあげてから自分が席についていた。
バレンタインディの日に、近所のスーパーで1ダースの真っ赤なバラを買って行くのを見たのが最後だった。

交通事故で突然逝ってしまった、まだ20代の青年のときには、その友人達が大勢で店にやって来た。
「彼が大好きだったレストランだから」
そう言って、白い花束と彼の写真を囲み夕食をしていた光景・・・。

お店を7年もやっているとお客様のほうで、なくなられる方もいらっしゃる。

訃報さえ聞かなければ、私は彼らがこの地球上から去った後でも、
彼らがここに存在しているものと思い込んで過ごせたのに、と思う。

私はただの店主で、彼らはお客さまで、接点はそれだけだった。

店の外で会うこともまれで、どこに住んでいるかも知らないのに。

また、いつか、来てくれると、時々思い出しては、待っていたかったと思う。
もう2度とうちの店に来ることがなくても、
どこかで楽しい食卓を誰かと囲んでいるのだろうと、
いつか会える日があるかもしれないと。
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by S_Nalco | 2010-11-09 17:41 | 日記

スエット・ロッジ

友人から今夜、スエット・ロッジに誘われていた。
でも次の日も仕事だし、どうしようと迷っていたはずだったのに、
ふと、今朝になって「あ、行こう」と思った。

スエット・ロッジはネイティブ・インディアンの儀式のひとつで、
木枠の小さなロッジに毛布をたっぷりかぶせ、
中で焼け石に水をかけながら祈り、唄う。

もちろん汗だくになる。
心も身体も浄化されて、地球の子宮の中に例えられるそのロッジを出たとき、
新たな自分としてスタートできる、という考えに基づいている。(だと、私は理解しています)。

伝統的なやり方に沿った、ネイティブのメディスン・マンのもとでスエット・ロッジをするのは、私にとって2度目。

家から30分車を走らせた、さらに田舎の丘の上。
着くとすでに火が焚かれ、ロッジの準備も若い人たちによって整えられていた。

満天の星空。
燃える炎。
足下に感じる湿った土と草の香り。

ずいぶん前に暮らしていた、私の「場所」を思い出す。
以前は毎日がこんなふうだった。

そこに腰を下ろしているだけで、落ち着いた。
自分が今、居るべきところに居るんだ、という安心感。
火の跳ねる音、
煙の匂い、
虫の声。
五感が研ぎ澄まされていく。

ロッジの中では私は一番奥に座ることになった。
男たちが焼け石を中央の穴に入れる。
そのまわりを10数人が座るともう一杯。
入口が閉められ、真っ暗な中、セージや、聖なるタバコが真っ赤に焼けた石に降りそそがれ、黄金の火花が散る。

リズミカルな、唄と太鼓、
流れる汗、
ここでは、ひとりひとりの思いもシェアーしてもいい。
家族のこと、自分の行く道、感謝、つながり。
メディスン・マンの呪文のような早口の言葉のトーンが、目を閉じている私の耳に心地よかった。

7世代前からの私たちの先祖、
7世代先の私たちの子供たち。
繋がるすべての命が平和で、幸せであるように。
ミタケヤシ・・・・

その祈りを繰り返す。
何度も何度も石に水をかけ、熱い蒸気がロッジの中を満たす。
次第にエネルギーが膨らんでいく。

焼け石が鎮まると、入口を開けて、次の石を運びこむ。
これを7回、今日は繰り返した。

すべてが終わり、外に出て皆で火を囲む。
気がつくと、汗で着ている何もかもがぐっしょり濡れていた。

お供えしておいた食べ物を皆でまわし、少しずつ頂く。
コーン、
牛肉、
フルーツ。
参加したそれぞれが、私と同じように、感謝と平和な気持ちで満たされているようだった。
メディスン・マンが締めくくる。
その横で、この儀式をサポートし、一緒に唄い、祈る、メディスン・マンのパートナーは日本人の女性だった。

ふたりは 様々なネィティブ・インディアンの儀式、お葬式、結婚式、呼ばれる場所に呼ばれるまま、アメリカ中を旅している。
こんな人たちが居てくれるお陰で、私たちの世界はそれでもまだ均衡を保ち、私は毎日自分の仕事をしていけるのだと、ふと思った。
皆、この世界でそれぞれの役割を果たしている。

50を過ぎているという彼女は、会うたびに美しい。内面から輝く笑顔。

私は、普段は今夜のような星空にも、なかなか縁がない生活でも、今はいいと思う。
こんな素敵な人たちに会いたくて、笑顔が見たくて、人々の中で暮らしている。
私の聖なる「場所」は、いつも自分がいるところだと知っているから。
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by S_Nalco | 2010-11-03 18:37 | 日記

one more chance

今日、お店に出ると、リザベーションリストのお客様の名前の横に、メモが書いてあった。
何でも、前回彼女たちは、テーブルを予約していたのに、スシカウンターしか空いてなかったので、がっかりした、という。

店を開けたばかりの頃は、スシカウンターは人気がなかった。
隣に見ず知らずの人が座る、というシチュエーションはこの田舎町では、バー以外には有り得なかったのだろうか。
カウンター席が空いていても、テーブル席がなければ、帰るお客様が殆どで、カウンター席だけがいつもガラガラだった。

今ももちろんテーブルのほうが人気が高いけれど、カウンター席しかなければ、気軽に座ってくださる。
テーブル席が空いたので、「移りますか?」と聞いても、座ってみれば居心地がよくなったのか、
「ここでいいわよ」と言う人が大半。
カウンター席を指定する人も増えた。

けれどもちろん、恋人同士ならテーブル席がいいに決まっている。

今日のお客さまも、顔を見てみれば20代後半のカップル。
「ごめんなさいね、前回は。でも、また来てくださってほんとうにありがとう!」
そう言って、デザートをご馳走させて頂いた。

お客様の中には、良い体験をしなかった店にはそれっきり2度と来なくなる人もいる。
けれど、再び来て、私たちにもう一度チャンスをくれる人達には、私は心からお礼を言いたい。

私たちはここにいて、足を運んで来てくれるのは、いつもお客様のほうだということ。
雨が降っても、雪が降っても。

そういうことに改めて感激している、今日という日。
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by s_nalco | 2010-10-31 17:46 | 日記

屋台ワールド

日本に帰って、一番楽しい本屋
2番目の大きなお風呂、
そして、これが最後ですが、3番目。
「屋台のラーメン」。

3番目だからか、4度の日本滞在のうち、行くことが出来たのは残念ながら今回だけ。

屋台のラーメンは私の実家のある、広島、呉市内の通りに通称‘屋台通り’があって、そこにずらずらと並んでいる。
最近では屋台じたいの数も、以前に比べて減ってきた気がするけれど、ラーメンにこだわらず、無国籍料理、創作料理の屋台もある。
小さな店(?)の中で、まるで炬燵を家族で囲んでいるかのような雰囲気を醸し出す屋台ワールド。


うちの店にはカウンター席が6~7席あって、そこにお客として座ると何となく、私は屋台ワールドに入った気分になる。

数か月前に遠方から友人が訪ねて来てくれて、ふたりでカウンター席に座ったとき、友人の隣には初老の男性が一人でお酒を飲んでいた。
オスシはまだ初心者のようで、私が友人のために注文したオスシを興味深そうに見ていたから、どうぞ、どうぞ、とどんどん勧めた。
気のいい友人も彼にお醤油や、ワサビの使い方を教えてあげたりして、自然にオトモダチ気分。

「こんなに楽しいディナーはなかったよ」

そう、言い残して帰られて、あとでウエイトレスから聞いたことには、私たちのお勘定の一部にして欲しいと、お金を置いて行かれたとか。
「でも、あの人はうちのオーナーなんですよ、って私、言ったんですけどね」。


広島市内で半日買い物したあとはくたくたに疲れていたけれど、「屋台のラーメン行く?」と3人の子供たちに尋ねると全員「行く!」と鼻息も荒く、私を喜ばせてくれた。
電車で、実家を通過して、屋台のある呉駅へ夜、9時ごろ着いた。
そこから徒歩で5,6分。

でも、もうみんなくたくただった。
まだ一度も屋台ラーメンを体験したことのない息子に 
「着いたよ」と屋台の続く通りを指さすと、彼はびっくりしたように、
「店じゃないじゃん!」と怒った。
娘ふたりがこらえきれずに笑ってる。

あれれ、「屋台」、という店の名前だと思っていたのかな。

道路わきに座り込んだ彼をなだめてなんとか4人席が並んで空いている店に入った。

目の前におでん!

ラーメンにおでんの卵を投入して食べる。
おいしい!
息子もそのおいしさに、ラーメンの湯気の向こうで、すっかり機嫌を直していた。

よかった。
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by S_Nalco | 2010-10-27 16:38 | 日記

ありがとうの気持ち

お店のダイニングから離れた、ウエイトレスが作業する場所には、ドリンク用の冷蔵庫や、酒類の他に、キッチンのスタッフが使う醤油や、みりん、酢などの大瓶も置いてある。

夕べ、そこへお客様の為のお酒を用意しようと思って行くと、キッチンスタッフの一人がお醤油を注ぎ足しながら、ダイニングでウエイトレスがお客様に、Thank youと言っている声にあわせて、自分も「Thank you!」と声を出していた。

決して、そこからはお客様に聞こえるわけはないのだ。
けれど、自分がどこにいようと、お客様にそうした声をかける、自然に声が出てくる、ということに私はとても感動した。

うちはスシバーと、お好み焼きの鉄板がある、オープンキッチンで、ウエイトレスだけでなく、キッチンも全員お客様の顔を見ることができる。入って来た人、帰る人、皆でお迎えして、またお送りする気持ちで、全員が声を出しましょうと言っている。

けれど、彼のように、店の一番隅っこで、壁を見ながらお醤油を注いでいるのに、誰か他のスタッフが声かけしているのに合わせて、お客様を心できちんとお送りしてくれる人を、私は見たことがなかった。

お店が閉まったあとも、私はそのことがとても嬉しくて、他のスタッフに言った。
「ねえ、聞いてよ!」と。
キッチンでは一番年配で、ボスの存在感ある彼のそんな顔に、みんなもはしゃいだ。当の本人は 照れ笑いしながらも、ぼそりと、「Nalcoたちに習ったんじゃないか」と言う。

彼はここに来て5年。私たちより微妙に年齢が上で、それだからか、お互いに遠慮があった。
すぐに意気投合しあう仲間もいれば、彼のように時間をかけながら、わかりあっていけること、そのことがとても愛おしかった。

ありがとう!


明日から日本に行ってきます。10月23日までブログをお休みします。
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お店に飾ろうと思って、家の庭に植えた菊、今週が盛りなんですが・・・・
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by S_Nalco | 2010-10-13 20:14 | 日記

メッセージの仕入れ

10月6日

今日は注文したカードや、T-シャツ、ポスターが届いた。
この会社(www.Syracuseculturalworkers.com)
は、扱う商品を、世の中を変えていくための道具として使ってください、とアナウンスしているだけあって、メッセージがとてもいい。

レストランのトイレにそこから購入した、動物や、食べ物、星や太陽へのありがとう、を可愛い絵と一緒に綴ったポスターや、コミュニティの作り方 10カ条、「グリーンに暮らすためのアルファベット」などのポスターを貼っておいたら予想外に売れた。

小さい子へのプレゼント、学校のクラスルームに飾ると言う人、誰かが誰かにメッセージのバトンを渡していくように、これらのものが売れ続けたので、思い切って今回はポスターのバラエティを増やし、T-シャツや、カードも買ってみた。

日本ではT-シャツに書いてある横文字のメッセージなんて デザインの一部、そんなに読まれることはないと聞いているけれど、こちらでは着ているT-シャツに書いてあることで呼び止められたり、会話のとっかかりになることは日常的。
車にも沢山のメッセージがステッカーにのせて貼ってある。


届いたものの数や値段をチェックするうちに、数々の素敵なメッセージに触れて自分の心がいっぱいになる。
もう、仕事どころではない。
通りかかる忙しそうなスタッフを呼びとめては、見て見て、このT-シャツ、いいよねえ、なんてやってるから、人というものはいいものを見たり、美味しいものを食べたりすると、誰かに言いたくて仕方なくなるもんなんだなあ、と後で一人可笑しくなる。

メッセージだけでなく、デザインもいいし、T-シャツはオーガニック・コットンで作ってあるこだわりで、会社の姿勢がしっかりしていていいな、と思う。オーダーのために電話をしても、働く人はいつも対応が良くて、これらの商品を通して仲間意識さえ生まれてきそうだ。理念がしっかりしていて、それを上手に社会に伝えられる会社はすごいな、と改めてその力を感じる。

今回買ったT-シャツの一部を紹介すると・・・


白クマがこっちをまっすぐに見ている写真と、

we are connected

の言葉。



I am in the world to change the world 町を闊歩する女性の絵と一緒に。

Be the change wish to see in the world ガンジーの言葉。


Girls can do anything!
白地に赤のアクセント。ティーンの女の子に来て欲しいな。

When the power of love overcomes the love of power, the world will know peace.
By Jimi Hendrix

そして私の一番のお気に入り。
Childhood is a journey not a race

きなりの、柔らかなオーガニック・コットンに太陽と自転車の絵が描いてある。手にするだけで胸がいっぱいになる。
子供たちや、誰もがみんなこの世界を楽しめる、そんな場所になりますように。

そのためにもちょっと世の中への視点を変えてみましょう、っていうアイデアで、通常売られている地図とはさかさまの、オーストラリアが上になっている地図も仕入れてみました。

ラウンジの為の改装中の場所の、ショウウインドウに明日ごちゃごちゃと飾るのが、もう今から楽しみ!
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Childhood is a journey not a race

これはカードバージョンのデザインです。
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by s_nalco | 2010-10-07 14:55 | 日記

公共料金 2

市役所のお局様から、まったくお役所的に言われて私は言葉に詰まってしまった。

そ、そんな、こんなに皆んなで頑張ってきたんですよ、
1か月、10万円の上乗せにこの1年、耐えてきたのにこんな理不尽なこと、
ゼッタイ、納得できません!
最後には私も力強く訴えた。

「そうね、じゃ、手紙、書いてみるといいわ」

これしか手段がないというなら、もう書くしかない。帰ってすぐにPCに向かった。
どうか、どうか、この1年間のお店で働くスタッフの努力が報われますように! 
水道代使用量のBEFORE と AFTER の請求書も添付した。

いったいこの手紙を市役所のどんな人が読むのか、こういうとき、英語では宛名のところに、
“Whom it may concern” と書くけれど、この一文はいつも私の想像力をかきたてる。(日本語ではどう訳すのでしょうか?)
そしてどの程度、この手紙は考慮の範囲に入れられるのだろう?
顔の見えないお役所手続きは、いつもそんな感じだけど、私たちはめでたくこの8月には8万円も引き下げられた請求書を受け取った。

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お水さん、今日もありがとうございます。
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by S_Nalco | 2010-10-02 15:07 | 日記

公共料金 1

水道料金は市が管轄していて、2月に使った水道代を基準に、1年間の基本料金が決まる。

毎年8月に基本料金は更新されるのだけれど、去年は基本料金の他、計算式のレートが上がったおかげで10万円もの値上がりだった。

7月から8月に変わったとたん、月々の水道代が10万円も違うなんてあんまりだ。

もちろん来年の2月にはぜったいもとに戻す、と決めて対策を練る。

たいていの原因はわかっていた。

まず、前日に冷凍庫から冷蔵庫に移し替えるのを忘れていた食材を、水を流しながら解凍していたこと。

夫が造ってくれた米洗い機が、人件費のカットにはものすごく貢献してくれたけど、水道代の節約にはほど遠いかったこと。

ただ単に、スタッフの水を使うことへの配慮のなさ、

この3つ。

毎月水道代の請求がくると、皆んなの意識の高まりに比例して、月ごとに少なくなっていく使用量をハイライトして、ありがとう!と書いてタイムカードマシーンの下に貼っておいた。

10万円も値上がりした時は、なんで公共の資源がこんなに高いの、と思ったけれど、公共の資源だからこそ、こうやって意識して大切に使わないとね、なんて考えも変わるほど意義深い1年でした、ためになりました(笑)。

これで今年の8月は何もこわくないどころか、水道代が下がるに決まってる!その差額をどう使っていこうか? 
あんまり嬉しかったので、ランチにいつも来てくれる市役所の人にそれをお喋りすると、

「あなた、甘いわよ、いったん上げた料金を 市がそうそう下げるわけないわ、今年はこの不況で、またレートも大幅に上がるみたいだし」

と言われてしまったではないか。
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by S_Nalco | 2010-10-01 17:18 | 日記