「ほっ」と。キャンペーン

カテゴリ:気づき( 17 )

ダイエットしてみてわかったこと。

12月31日、いつものように朝、体重を計ると、
自分の理想のナンバーがそこに現れた。

何年ぶりだろう?
体重計にその数字が現れたのは?

思えば店を始めたころは、
休む暇もなく文字通り店で働きどおしで、
私は周囲から気の毒がられるほど痩せていた。

太りたい、
そう思っていたら、
8年後には望みどおり、
いや、望み以上に 太っていた(笑)。

「Nalco、平気よ、
ちっとも太ってないわよ!
自分の美しさに自信がなくなってきたらね、
ウオルマートに行けばいいのよ」

日用品全般が売ってあるその店のお客の
高いパーセントの人々が肥満傾向にあるのは、
私も薄々気づいていたから、
友人にそう言われたときには笑った。

でも、私にとって他人との比較ではなく、
実際、自分の身体の重さを日常生活で感じるのはきつい。

齢、45歳、
このまま諦めたら、
きっと私はこのままかなあ、
それどころかもっと太っていくに違いない。

そんな時に
私の大好きな美容家、
佐伯ちずさんが
40代半ばでダイエットをしていたことを知った。

それは
炭水化物を取らない、
9品目の入った食事、
(食事の半分が野菜)
週に一度の入浴法、
週に一度の体操、

から成る「和田式」といわれるダイエット法。

炭水化物を取らない、
すなわちごはんを食べない、

それはたいていの日本人にはびっくりするアイデアではないかと思う。
少なくとも私には。
ずいぶん前に、
ある芸能人が「体形維持のために米は食べない」、と聞いたとき、
芸能人の覚悟ってすごいなあ、と思ったものだった。

米力(こめぢから)、と言うではないか、
お米のおかげで自分の元気があると思って育ってきた。

それなのに、
私はご飯抜き、(パスタやうどん、パンも抜き)
毎回9品目の入った食事で、
4ヶ月で目標の体重に戻った。
8キロの減量。


しかも私の場合、
やったのは炭水化物を取らないこと、
9品目を食すること、
だけ。

タブーとされるアルコールは
普通に取っていたし、
外食をしたりすると、
炭水化物を多少は取ることもあった。
続けることが目標だったので、
あまり我慢しないように、
甘いものが欲しいときは適当に食べていたし、
9品目が足らないときは、
翌日にそれをたっぷり補給するとか、

考えてみれば私のダイエットのやり方というのは、
かなりいい加減。

実は最初の一ヶ月で4キロ近くすでに減量していたので、
このダイエットをきっちりやれば、
きっともっと痩せられると思う。

でも、ここで私が言いたいのは、
痩せた!
ということではなくて、
「お米を食べない生活」
というものが考えられないと、
思っていたにも関わらず、
そうと決めれば
割と苦労なくして
お米なしの生活にシフトしてしまえたという事実。

子供たちのためにお米は今も炊いているけれど、
私にとって
お米はすでに主食ではなくなってしまった。

アメリカに来てからも、
お米はずっと食べてきたし、
店を始めてからはなおさらのこと。

「お米のない生活なんて有り得ない」

そう信じてていたけれど、
実はそうでなかった、
という話。

よく考えてみれば、
お酒やコーヒーとは違って、
中毒性があるものではないので、
やめることは簡単なはずだった。

勝手な思い込みというものが、
気がつくと、自分を支配していることがある。

以前、山の中で自然暮らしを始めたときも、
そんなことに気づいて、
だからこそシンプルな暮らしができた。

体重だけでなく、
精神も、
そろそろダイエットの時期に来てるかな。
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by S_Nalco | 2012-01-08 08:37 | 気づき

今年のクリスマス

クリスマス・イブの友人のホームパーティ。
他の皆んなが帰ったあとで、
彼らに話があった私たちは、
この友人夫婦と少しばかり個人的なことを
ソファでくつろぎながら会話していた。

ふとしたことから、友人が言った。
「今年は自分にとっては大変な年だったよ。
3月に母が亡くなったからね。今でも、まだだめだ。」

60を過ぎた、私よりずっと年上のこの男性の、
心からの告白に私はとても心を動かされた。

今年、93歳で突然亡くなった彼の 本当に美しかったお母さん。

私はふと思いついたことを口にした。

「生まれてはじめての、
お母さんのいないクリスマスなんだね」

すると彼の奥さんが私に静かにこう言う。

「そのことに気づいてあげてくれて、ありがとう」。

アメリカのクリスマスは、
日本のお正月や、お盆のように、
家族が集まってお祝いするのがならわし。
彼も毎年彼の家族、
兄弟とその家族、
そしてお母さんと一緒にクリスマスを祝っていた。

こぼれてくる涙を拭いながらでも、私にはこの瞬間が輝いてみえた。
いくつになっても愛情を表現することの出来る文化、
そしてそれを抱擁することの出来る文化、
それが素晴らしいと思う。


あることがきっかけで、今年のクリスマスは、
楽しく、わくわくした気持ちよりも、
もっと、痛いような寒さの中で感じる、
しんとした、内なる強さについて考えていた。

23日にクリスマスのプレゼントの交換をしましょうと、
ランチの約束をしていた女友達が、
毎年この日の午前中は、
30年前に亡くなった母の墓参りをするのだと聞いたとき、
14歳だった彼女の、
母を亡くしたばかりの、クリスマスの日の朝を思った。
彼女には、悲しさよりも、
決意のほうがその日、先にあったかもしれない。

そんなような、
しんとした強さについて。



アメリカは日本よりも盛大にクリスマスをお祝いする。
私はクリスチャンではないけれど、
それでも
この日への神聖な思いは年々、深くなっていく。
もしも、クリスマスを、
楽しく祝うことができない状況にあっても、
静かにその日に向き合うことができれば、と
そんなことを思う。

そうすれば、きっと何かが得られるような気がする。

ひとりひとりの心に、
クリスマスの灯火が灯り、
これからの一年を温めてくれますように。
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by S_Nalco | 2011-12-28 18:32 | 気づき

あったかうどんから見えるもの。

先週の月曜日から
テイクアウトの店でヌードル・バーを再開した。

うどん、そば、ライス・ヌードルと 
チキンか味噌味のダシ。
トッピングを自分でサラダ・バーから選ぶ
セルフ・サービスの形態。

この冬で3年目となるヌードル・バーは
今ではすっかり店の季節メニューとなって定着した。

照り焼きチキンや天ぷらなどのドンブリは温めて食べるけど
冷蔵庫で保存するお寿司は冷たいまま。
だからいつでもあったかいものが食べられるように、と
保温の為の機材を購入して
アメリカ人の好きな“ヌードル”のステーションを作った。

レストランでは、天ぷらそばや、うどんが注文できるけれど、
すぐに食べられて、
好きなものを好きなだけ自分で取ることのできる
カジュアルなスタイルが嬉しいと
ランチにはここで“ファースト・フード“を食べて行く人が多い。

子供たちが来て
食べてくれるのを見るのが個人的には一番嬉しい。

私の子供たちが小さい頃、こんなお店があったらよかったのに、
そう自画自賛している(笑)。

だからMSGなどの添加物や、
着色の入ったものも使っていない、
世のお母さん方に喜んでもらえるような食事を提供するのがうちの方針。

けれど、最近では日本の放射能を話題にする人も当然いて、
「この食材はどこから来ているの?」
という質問をたびたび受ける。

先日は「日本製」ということでラムネを返された。
子供に飲ませるものだから、
ことさら神経質になるのも無理はない。
メディアが流す情報だけでは
心もとないというのももっともだと思う。

 けれど、食事をするでもなく、ふらりと道行く人が店を除いて、
「その後、日本の新しいニュースはないの?」
と心配して尋ねる人もいる。

店で引き続き売り出している、
日本への支援金のためのT-シャツは以前ほどではないけれど、
それでもたまに「売れたよ」とスタッフから聞くと素直に嬉しい。

世の中には毎日のように、
祈らずにはいられないことが世界のどこかで起きている。

実際、多くのことは、
祈ることしかできない。


寒い日の温かな食べ物は、
まるで祈りが叶えられたときの
ほっとした気持ちを連想させる。

子供の笑顔は未来への期待と
大人の義務を思い出させる。

自分のいるこの小さな場所は、
いつも世界と繋がっていると思う。
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by S_Nalco | 2011-10-18 02:35 | 気づき

お勘定の払い方

お店でレジを打っていると、
来店されたばかりのお客様のひとりが席を立って、
私のところへやって来た。

手にはクレジット・カードを持って、

「これで全部の食事代を払いたいからよろしくね」。

見ると彼女のテーブルは
二家族のお食事会らしく、
大人子供あわせて8人。

その代金をそのうちの一家族が
先手を打ってこっそり払ってしまおうという計画。

こういうスマートな方法はこちらにとっても嬉しい。

食事の後でお勘定がまわってきて、
「私が払うわよ!」
とレシートの取り合いになるお客様も少なくないから。

ときにはそれが白熱してしまい、
ウエイトレスのほうが、
クレジット・カードを差し出すいくつかのうちの、
どの手から受け取ればいいか困り果てている。

「ああいう時ってどうすればいいの?」

ウエイトレスのお悩みベスト3にも入っている。(たぶん。)

私はそういったお客様同士のかけあいも余興のうち、
と傍で見るのも楽しめるけれど、
若いウエイトレスにとってはストレスになるらしい。

それよりも、大人数で来店されて、
各自が別々に支払たいと、
最後になって言われる場合、
忙しいときにはレジで流れが滞ってしまう。

「それで、皆んなで一緒に注文されたデザートはどうされますか?」
とか、聞かなければならないときには、
何故か私のほうが気まり悪くなる(笑)。

いずれにしても、初めから終わりまで、
楽しい食事時間の一コマの連続であって欲しい。

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このプレートは オーダーした本人でさえ、
「これ何ですか?」
と思わず聞いてしまう、
「チュパカブラ」。
ハローウィーンのときのスペシャルからのアンコール。
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by S_Nalco | 2011-06-20 08:48 | 気づき

理由

先日、ダイニングで働いてくれている女性が
話があると言ってきた。
仕事が終わって、話しをきいてみると、
それは明らかに私の気配りの足りなさからくる、
彼女の不満だった。

「私はNalcoたちに迷惑をかけないよう、
よほどのことがない限り休まずに自分のシフトをこなして、
誰かが休めば代わりにシフトに入って 
店が機能するようにいつも考えています。
不満は言いたくなかったけれど、
Rさんは突然辞めたかと思うと突然戻ってきて、
そしてNalcoはそんな彼女にまた仕事をあげている、
なんだか腑に落ちなくて。」

それを聞いたときに、
彼女の不満はもっともだと、心から思った。

彼女をはじめとする、
独身の女性はある程度スケジュールに融通がきくし、
うちにいる人たちは
この職場を大切に思ってくれている。

だから、既婚で子供がいるスタッフが、
家庭の事情、子供の病気、色んな事で休まなければならないときに 
彼女たちがカバーしてくれて、ずいぶん助けてもらっている。

なのに私は心のどこかで
「仕事をあげている」
という気持ちになっていたかもしれない。

そのときになってようやく彼女たちに対する
自分の驕りと甘えに気がついた。

「本当にごめんなさいね、
あなたの立場から物事を考えていなかったせいで。」

そう伝えてから、
私がRさんの今の大変な境遇をとても理解していること、
彼女のこれまでの働きぶりを考慮しても、
またここで働いてもらっても構わないと思ったこと、
そして彼女が落ち着いた生活を取り戻すまで、
彼女を少しでもサポートしたかったことを話した。

色々お互いの“理由”を話すうちに、
私を呼び出した彼女のほうも
すっきりして納得してくれたようだった。

私はその後、他にも彼女のように、
店の“縁の下の力持ち”になってくれているスタッフを呼んで
同じように話し、自分の心配りのなさを誤った。
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コミュニケーションというのは
その場の見えないエネルギーがスムーズに流れるためには 
本当に大切だと改めて感じた。
日頃からそのことには自分なりに気をつけていたつもりだったけれど、
日々、沢山のことがあるなかで、今回のことは思い至らなかった。

「言ってくれてありがとう」
と伝えたのは本心からで、
彼女のおかげで
私はまたひとつ、
自分勝手な理由に気がつくことができた。
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by S_Nalco | 2011-04-23 11:49 | 気づき

行動のもとになるもの2

最近お客様から、
サービスがとても良いと
度々声を掛けてもらえるようになったCさん。

彼女はウエイトレスは、ここが初めて。
そもそもバスパーソン、
(テーブルの食器を下げたり、お水を運んだり、ウエイトレスの補佐をする仕事)から始めた。

初めはぎこちなくて、失敗も多くあったけれど、
それでも働いてもらっていたのは
彼女がもともと素直で親切な性格だったから。

そんな良い資質をもっていながらでも、
初めの頃はお客さんの反応が気になって、
彼女のサービスは お客様の感情に対する
“不安”
が出発点だった。

だから彼女は少しでもフードが遅かったりすると、
間が持てなくてフリーのおつまみや、飲み物を出すことで
お客様のご機嫌を取ろうとしていた。

私はそれを見るたびに、
彼女にはまず、
お客様と心を通わせることを提案した。

お客様と会話し、
お客さまを観察する、
そこから、何を望んでいるのかを知ること。
また、店のメニュー、お酒、ワインに関する知識、
それらをタイミングよくお話することで、お客様にはずい分喜んでもらえる。
それが大切なサービスの要素なのだということ。

そういうことを積み重ねていくうちに、
彼女自身もだんだんと自信をもって対応できるようになった。
もともとが奉仕の精神に溢れている彼女、
やっと軌道にのってきた、という気がした。

彼女のサービスは今、
“不安”
からではなくて、純粋に、
“お客様に少しでも喜んで欲しい”
という明るい気持ちから発せられているのが、
そばにいてとてもよく感じられる。

行動のもとになる感情が変わり、
それに見合う結果として、
こんなにお客様に喜んで頂けるようになったね、
とCさんに話すと彼女もその通りだと頷いていた。

日常生活の中には気付かないうちに、
不安から行動を起こしてしまうことがけっこう多い。

私がそれに初めて気付いたのは、
ずっと以前、友達から譲り受けた古い車に乗っていた頃。

出かける前にはいつもオイルと水の点検を欠かせない車だった。
私はその点検を、
「どうか道中、車が故障しませんように」
という不安な気持ちから日々やっていたものだった。
(実際途中で止まって、目的地まで辿りつけないことさえあった!)

それがある日、いつものように点検していると、
その愛車が私にふいに、諭すように言った。

「不安からではなく、感謝から始めなさい」

何故か、
何の疑問の余地もなく、
こんな不思議な出どころのメッセージにも関わらず、
私はこれにまったく納得してしまったというわけ。

もうその車はとっくに廃車になってしまったけど、
そのメッセージは今も大事にもっている。
というかこのメッセージは一生ものだと確信している。

「感謝」から物事を始めれば、
不安になる隙もなくなってしまうものなんだと、
心配性だった私がずいぶん楽になった。
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by S_Nalco | 2011-04-16 17:00 | 気づき

行動のもとになるもの 1

お天道様に照らされて
多くの命が育まれるけれど、
商売においても、
それは明るい息吹を吹き込んでくれる。
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10月の後半から3月まで雨季と呼ばれる
雨の多いこの地域では、
年明けから雨が終わる頃までお客様の足も遠のいてしまう。
だから1月、2月は店ごと長い休暇を取るレストランも多い。

けれど、3月の終わり、
春を感じさせる風が吹き始めて、
その風と一緒にお客様も一緒に押し寄せてくるイメージが、
ある日やってきた。

その頃、ダイニングマネージャーが休暇を取っていたので、
私は毎晩彼の代わりに夜のシフトに入っていた。
それで私はすぐに満席になってしまう小さな店内、
(11テーブルとカウンター7席)の他に、
外が温かいので、店の外にもう一つ、4人がけのテーブルを置いた。

折角来店して頂いたのに、
空いた席がなかったり予約で埋まっていたりして、
お客様をお断りしなければならないことほど申し訳ないことはない。
だから、一人でもお断りしなくていいように、と思ってのことだった。

ディナーのオープンになると、町でイベントがあったのも重なって、
来店する人、テイクアウトのオーダーをする人で
店がすぐに一杯になった。

外の臨時に置いたテーブルも
入れ替わり立ち代りお客様に座って頂いた。
その光景に、はじめは笑顔だった私の気持ちが
だんだんクエスチョンマークになっていったのは、
あまりにも忙しくて、
自分がいつもは普通にできるレベルのサービスを
お客様にしてあげられていないことが 
オープンして、
ほんの1時間足らずの間に積み重なっていったからだった。

混雑した店内で、幾つものお手玉を操るように動きながら、
カウンターでスシを握っている夫に耳打ちした。

「テーブルひとつ増やしたの、間違っていなかったかな?」

「どうして?お客さん、喜んでるよ。」

もちろん不機嫌なお客さんの姿は見当たらない。

けれど、忙しい上に、テーブルを増やしたことで
サービスの流れはいつもよりゆっくりだった。
ゲストチケットが運ばれてくるのを待って、
ぼんやりしているお客様に、
私は自分の仕事で手一杯で 話しかけに行くこともできなかったし、
その日多かった子供連れのファミリーにも、
もっとして上げることができたのに、と気づけばきりがない。

私は恐るおそる、そっと自分の気持ちの流れを巻き戻ししてみた。
そこには、
その日、店に出勤して、予約状況を見、
風が温かくて、最近人足が増えてきたことを考慮した時、

「来店された時、
 席がないのでお断りしてお客様をがっかりさせないようにしたい。」
という気持ちより以前に、

「いつもよりヒマだったこれまでの挽回をしなければ」
というとっさの思いがあった。
私はそのことに実は気づいていたのに、
気づいていないふりをしていたのだった。

何かをやろうとしたとき、
一番最初の思いの出所(でどころ)こそが最も大切なことだと、
私はこれまでの経験で十分に思い知らされた。

「儲けたい」、
そう思ってやったことはちっともうまくいかなくて、
逆に遊び感覚で、自分が楽しみながらやったことや、
お客様の笑顔がすぐに見えてきたりしたことには
いい結果がついてくる。

私は今回、テーブルを増やしたとき、
一瞬でも最初に自分勝手な理由を思い浮かべてしまっていた。
でもその自分の思いを誤魔化して、
テーブルひとつ、運んで来てしまったのだ。

あ~、また!
こんな時、私は舌きりスズメの欲深ばあさんを思い出す。
ばあさんは、最後の最後になるまで自分が何をやっているのか、
何を生み出しているのかがわからなかった。

けれど私は、
自分の行動のもとにあるものが何なのかを明確にしていれば、
自分が何を生み出そうとしているのか、が
わかっていたはずだった。

だからいつも気をつけて、
少しでも 最初にヨコシマな考えが浮かべば行動することをやめる。

商売は儲けるのが社会的な義務だけど、
それは後からついてくるもの。

先立つものはいつも、
お天道様にどこから照らし出されても
恥ずかしくない「思い」だけ。
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by S_Nalco | 2011-04-09 14:23 | 気づき

アメリカの日本食レストラン

私はどこか他の町に行っても、日本食レストランに入ることが多い。

ひとえに日本食レストランと言っても、
こちらでは必ずしも日本人が経営しているわけではないし、
例えそうでも、こちらの人に合わせた店作りをしていて面白い。
アメリカンナイズされた日本食レストランが実は好き。
店のスタイル、コンセプト、メニュー、サービス。
自分で店を始めてから、外食が益々楽しい。
色んなことに気づくことができるようになったから。

それに、私はいまだにおスシが大好きで、飽きることがない。
お好み焼きも好きだけど、頻繁には食べられない。
おスシと言っても、私の場合、
カリフォルニアロールに代表される色とりどりで、ユニークな巻物。
うちには裏メニューもあわせると、
100種類近い巻物のバラエティがある。

さて、数年前にロサンジェルスのダウンタウンにある、
ホテルの中の日本食レストランに行った。
日本人観光客が多い、高級感のあるレストランだった。
お座敷や、スシバーもある店内は広い。
メニューも、一通りの代表的日本食は網羅している。
私はカウンター席に座った。

近くの船着場で直接魚を仕入れることのできる、
理想的な環境だけあって、魚はとても美味しかった。
日本人客が多いせいか、
うちのようなカリフォルニアンな巻物は殆どなくて、
おスシのメニューは日本に近かった。
こんなに魚が美味しければやっぱりこれで勝負、なのかな。

入ってきたときに応対してくれたフロントの人は中国人らしかったけれど、
板前さんは日本人だった。
彼からは お客さんの顔が見えない 
テーブル席からオーダーが入ってきたとき、
彼が 日本人のウエイトレスにそっと聞いた。
「何人?」
ウエイトレスが即答する。
「白人」
その会話に私は一瞬びっくりした。けれど、彼に聞いてみた。
「人種によって何か変わるの?」

「白人の方には、刺身の盛り合わせにサバや青いものは使わないんですよ」

ああ、なるほど。
日本人のお客様が多いからこその 
やりとりだったんだ。

うちは98パーセントのお客様が白人なので、
盛り合わせにはじめから青魚を入れていない。
だけど青魚より、もっと出ないのは「タマゴ」。
だからもう、メニューから外してしまった。

「もう、どのくらいおスシを握っているの?」
カウンター越しに話しかけてみた。

「10年くらいですよ。
この店はまだ1年目。
すぐ喧嘩して辞めちゃうから、続かなくって。」

「でも、このへんはリトル・トーキョーもあるし、
すぐ職も見つかるでしょう?」と私。

「だから喧嘩してはどんどん皆んな職場を代わってるんですよ。
このへん、気の短いの多いから。」
(そういえば、前回ここに来たときは、大人しそうな板さんだった、と思い出す。)

「それにしても、寿司屋とか、日本食レストラン、増えたよね。
スシはもう国際食だよね(この会話をしたのは4年前)。」

すると彼はちょっと吐き捨てるように言う。
「でも、ちゃんとやってるとこって少ないですよ、
日本人がいない店とかもあるし!」
あ、それってうちの店のことよ、と思う(笑)。
うちには夫を入れて二人、日本人がキッチンにいるけれど、
二人が常時店にいるわけではない。
インターネットのお客様レビューには、
「この店には日本人がいないようだ」と書いていた人がいたっけ。


翌年、再びそのホテルに泊まることがあって、そのレストランに行った。

喧嘩っ早い彼は自分で言っていただけあって(!?)
もう、働いてはいなくて、
スシバーには誰も立っていなかった。
それでもスシバーに席は用意してあって、
そこに座っておスシを頼むと
中国人の可愛い女の子がカウンターに立ち、
にわかに巻き始めてくれた。

メニューの中で、
ひとつ私の目をひいたものがあった。
20ドルもする海老天ぷらの巻物だった。
そんな値段の高い海老天入りの巻物を見たことがなかったので、それを頼んだ。

でも、ぜんぜん話にならないものだった。
すし飯でさえなかった。

もう、ここには来ることはないな、とそこを後にしてから数年たった。

今、これを書きながら、ホテルの中にあるあの店を、
何かの巡り合わせで、誰かが建て直したかどうか、
見に行きたいなあ、とうずうずしはじめた。
(ひょっとしたら高級チャイニーズレストランに様変わりして、繁盛しているかもしれない)。
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by s_nalco | 2010-12-04 17:23 | 気づき

「生き金」を使う

この秋に日本に戻った理由のひとつは、
父の80歳の誕生日を祝うためだった。

家族全員が集まると、大人数になるので外で食事をすることに決めた。
私は地元の友人から、食事をするのによい店の情報を集めていた。
条件はお座敷、和食、であることと、耳の遠い父のために個室。

実は私の学生の頃からの友人の両親が地元で居酒屋をやっていて、
私は帰るたびにそこに顔を出す。
友人のお母さんはいつも笑顔で「お帰り」と迎えてくれて、
何かと私のことを気にかけてくれていた。

料理も美味しいし 私の大好きなお店なので、
父のお祝いもそこで、と初めは考えたけれど、
私たちの人数にその店の個室はやや小さかった。

私は義母に 
どこで父のお祝いの食事をしようかしら、
と何かのついでに話したとき、義母は言った。

「どうせお金を使うなら、生き金を使わないとだめよ。
友達のお母さんのところでやってあげるのが一番じゃないの?」

義母のこの言葉はまるで魔法のように、私の心にすとん、と落ちた。

「生き金」とは、自分だけでなく、
お金を払う相手、関係者すべての人が幸せになるような
お金の使い方をするということ。

「お金を使うときに、自分自身に聞いてみるのです。
このお金の使い方は、自分を幸せにするのか?
お金を渡す相手を幸せにするのか?
社会全体を幸せにするのか?
この質問の答えがどれもイエスなら、
そのお金はすべての人の幸せにかなっているということです。
こういうお金の使い方をしていると、
自然と、きれいにお金を使えるようになってきます。」
きっとよくなる! サンマーク出版 本田健 著 
「生き金とはすべての人を幸せにするお金」より

社会全体、関係者すべて、というと途方もなくなってしまうけれど、
私にとっての身近な社会とは、今自分が属しているコミュニティを指す。

私が昨日も書いたように、地元でお金を使うことは、
まさしく「生き金」を使いたいからに他ならない。

そのことを「商売する者の心得」として実践してきたつもりなのに、
私はすっかり「個室」にこだわっていた。
けれど、義母の言葉を聞いたとき、
不思議なことに「個室」への執着も取れていたのはどういうわけだろう?
その店にすればすべてがうまくいく、
きっと大丈夫、と父の笑顔が見えた。

結果、当日になって子供たちの何人かが熱を出して来れなくなり、
個室を使えるぴったりの人数になった。
お店のお母さんは私たち家族を心からもてなしてくれて、
父も大喜びのお祝いの席となった。

考えてみれば、この店のお母さんも、私の夫の母も良く似ている。
どちらもいつも明るくて前向き、
働き者で、人にしてあげることが大好き、という性格。
こんな性格の人の周りには自然、人が集まる。

義母も自営業をしていて、体験から色々なことを学んできた人。
料理が大好きで、人に食べさせるのが大好き。

家にはお客が絶えず、どんなに忙しくて疲れて家に戻っても、
誰かが来るとご飯を作ってもてなす。

実際、夫の実家は誰彼となく何の用もないのに、
来てご飯を食べていく人が多かった。
一升炊きの炊飯器には いつ、誰が来てもいいように、ご飯を欠かさなかった。
義母は私にもたいてい、
「Nalcoも座って食べんさい」と言ってくれるので、
嫁のくせに義母より先に座って皆んなで食卓を囲んでいた。

夫がレストランを始めたのも、こんな家庭環境が、
彼の原風景にあったからなんだろうと思う。
アメリカの私達の友人が、広島を訪ねたとき、義母の家にも寄った。
暖かいもてなしに、すっかり感激して戻って来た彼に私は、
「私たちのレストランは、あの家庭をルーツにしているのよ」と言った。

そんな義母の暮らしを見ていると、さすがに生き金の使い方もうまい。
そしてどこで、使い、どこで始末するか、
のバランスがとても上手だと思う。
彼女のことを書き出すと、ちょっと止まらない。

体験から得た知恵は 普段の暮らしの中でも生きていて、
帰るたびに私は彼女から気づきを貰っている。
今度、許可を得て、じっくり書きたい。
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by S_Nalco | 2010-12-03 15:48 | 気づき

ブラック・フライディ

感謝祭は毎年11月の第4木曜日、とアメリカでは決まっている。
「ブラック・フライディ」は、その感謝祭の翌日の金曜日。
一年を通して最も大きなセール(安売り)のひとつが、デパートや洋服屋などを中心に繰り広げられている。

朝早くから店のオープンを待って列を成す人がいるのは、日本のセールでもお馴染みの光景。
この日の金曜日をなぜ「ブラック」と呼ぶのかと言うと、これからクリスマスに向けて、一年の大部分のセールスを売り上げていく、大々的に「ブラック(黒字)」になるスタートの日、という意味らしい。

このブラック・フライディの意味を聞いた時、私がまず思い浮かべたのは、日本で私がタウン情報誌の仕事をしていた時のこと。

私の 日本の地元の町にある、小さな居酒屋や飲み屋、定食屋。たいていが夫婦二人でやっているとか、ご主人と店員さん数人という規模の店を、雑誌に紹介するために取材に行ったときに聞いた、
沢山の「レッド(赤字)」の話し。

「うちはね、赤字覚悟で、お客さんに奉仕させてもらってるんよ」
「もうけはないんじゃが、お客さんに喜んでもろうたらそれでええんよ」

多くの店で聞いたそんなエピソードは、本当だったのだろうか?
当時の私はまだ20代のはじめで、
客商売、水商売とはそこまでして、お客さんを呼ばなければいけないのだろか、と 人の良さそうなご主人の顔を見た。
そして心のどこかで、この人たちはそんな赤字でどうやって暮らしているのだろう、と思った。

その「赤字云々」の話しが、ただ美談を作るために建前として言ったのかどうかは不明だけれど、店の主人が、それを‘美談’と認識していること自体がそもそもおかしかったのだと、今はわかる。

「欠損は社会の為にも不善と悟れ」

「愛と真実で適正利潤を確保せよ」

これらの言葉は、家で愛用している湯呑にある「商売十訓」にあるもの。

これによると、商売での「赤字」は個人のみならず、社会にとってもあってはならないもので、利益を正当な方法で得ることが大切なことと書いてある。


この季節になると、地元の学校や 様々な種類の非営利団体のための資金集めのイベントが、町で開かれる。

その為に、寄付の要請の手紙や電話が店にひっきりなしに来る。


これらのイベントが、町の、大小のビジネスからの寄付によって支えられているのを知ったときに、
「欠損は社会の為にも不善と悟れ」
ということの意味が良く分かった。

私たちはこの町と町の人々のお陰で商売を成り立たせてもらっている。

だから、店で利潤を上げ、お金をこのコミュニティという社会の中で循環させていくことが、商売をする者の社会的な義務のひとつなのだということを。

税金を払い、町の学校や公的施設を良くし、雇用を増やし、またそのクオリティをあげていく。
上がった利益の何パーセントかを、コミュニティや、世の中を良くしてゆくと思われる機関に寄付をしていく。

商売は自分のためだけのものではない、という自覚が必要なのだと改めて思った。

まるい地球と同じように、私たちの関係も丸い輪を描いて、与えたものはいずれ自分に還ってくる。
その中で 自分の役割が何かをはっきり知れば、
それぞれが「ブラック」を増やしていけるかもしれない。
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by S_Nalco | 2010-11-27 20:12 | 気づき