カテゴリ:気づき( 17 )

感謝祭の前に

感謝祭がこの木曜日に迫り、今週からたいていの学校は休み、会社も休みに入る。
家族が帰省したり、友人が集ったりしてレストランにも大人数で来られるお客さまが多い。
七面鳥や、トウモロコシのパン、カボチャのパイなどで祝うこの祝日は、日本のお盆のように、家族、親戚が集う。

常連のお客様が、友人や、親戚を連れて来て私に紹介してくれる。
ここのおスシが美味しくてね、とか、
お好み焼きを食べたことがあるかい?
なんて会話を耳にすると、ちょっと緊張する。

だからと言って、特別なことをするわけではないけれど、
連れて来てくれた人も、連れて来られた人も、十分満足して帰って欲しいとしみじみ思う。

実は随分前になるけれど、友人が私をある日本食レストランへ連れて行ってくれたことがあった。
ちょっぴり高級っぽい場所で、支店も何軒か出している店。

雰囲気もよく、使っているお皿もとても洒落ていた。
ところが肝心の魚が一口食べて、期待していたほど新鮮ではなかった。
私はうっかりその通りを口にして、しまったと思った。
せっかく連れて来てくれた彼女の気持ちを害さなかったかと思ったのだ。
魚以外はどれも美味しかったし、綺麗な盛り付けだったから、それを中心に会話すれば良かったのだ。

私たちが店を開店した当時は失敗だらけで、お客さまに随分迷惑をかけた時期があったのは度々ここでも書いてきたとおり。

その頃に、一人の男性が
「あの夜は遠くから来た友人をここでもてなそうと連れて来たのに、散々だったよ」
と後日言われたことがあった。
本人にしてみれば面目を潰された気分だったことは容易に想像できる。

こんなことがあったから、誰かが誰かを連れて来る、というありきたりな状況が、私の脳裏にピリッとしたものを喚起させる。

感謝祭に家族で集まった時に行った、あの店、美味しかったね、そんな思い出がひとつでも多くありますように・・・


それにはやはり、毎日の心がけ、なんだと思う。
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by S_Nalco | 2010-11-24 17:18 | 気づき

自分を味方につける

レストランを開いて1年後に私は初めての新車を購入した。

夫が車に詳しいのが幸いして、それまでの私たちは安い車を購入したり、友人から必要のなくなった車を貰ったりして、直しながら乗っていた。
いつ止まるか知れない、毎日がある意味冒険だった。
出かける前にはボンネットを開けて、水とオイルをいつも確認して出かけていたから、
車とはすぐに仲良くなった。
70年代、80年代の古い車でも、不思議といっこうに気にならず、車にはいつもニックネームをつけて呼び、「走ってくれる」だけで感謝した。

 店を開いてからも、それまで数年乗っていた、80年代の白いワゴン車を続けて乗っていた。
雨が降ると、車内の床が濡れて、何もおけなかったけれど、子供達はこの車を「白クマ母さん」と呼んでなついていた。
友人達は「レストランのオーナーが何でいつまでも、こんな車に乗っているの?」と会うたびに笑った。

 ついに「白クマ母さん」が動かなくなってしまった日が来て、次の車を買うことにした。
夫はレストランの仕事が忙しくて、もう車を直す暇はないので、私に新車を買うように勧めた。

でもそれからが時間がかかった。

 なぜならば、アメリカに住みついて長いこと、クレジットカードを持つことさえもなく、のんきに暮らしていたので、自分のために大きな買い物をしたことがなかった。
もちろん車なので、自分のためだけでなく家族のためでもあるけれど、何故かなかなか踏み出せない。

誰に対してでもないのに、そんな大きな買い物をするのが後ろめたい気がしていた。
そして、自分にはその大きな買い物がそぐわないような気もした。

私は実際、自分が本当に欲しかった車を諦めて、2番目に気に入った車を買おうとした。
その理由はただ、2番目のほうが安いから、という理由で。

今、振り返ってみても、それは根本的には金額的な問題ではなく、完全に自分自身への自尊心、自我に関することだったと理解できる。

私たちが昔、質素で楽しいヒッピー生活を送っていたときに、ある人が言ったことがある。
「あなた達は,他の誰もがそうであるように、そうしようと思えば、物質的に自分が望むだけの豊かさをもたらすことができるのに、ただそれを潜在意識の中で、望んではいないのよね」

自分に、本当の意味で許可を与えられるのは自分しかいない。
それは金額の大きさに関わらず、これまでの自分が「このくらい」と自分に許していた居心地の良かった範囲を広げ、自分の可能性を広げるのを許すこと。

成功法則の本には、「まず自分自身と和解しなさい、そして自分自身を味方につけなさい」と書いてある。

願望、将来の夢、延ばし延ばしになっている旅行、それは案外、自分がそれを自分に許可してあげれば、その一歩が今すぐにでも踏み出せるものかもしれないと、私は考えを広げた

その後私たちは、店のビル、自宅、と大きな買い物をしていく機会に恵まれたけれど、この時に車を買ったときほど、自分の中で葛藤したことはない。

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これはお店で使っている電気自動車。ふだんは屋根にソーラーパネルを付けて、走っています。
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by S_Nalco | 2010-11-22 19:03 | 気づき

サインから読み取れるもの 3

キャナリー・ロウから来た彼に連絡を取って、面接に来てもらった。

丁寧で、感じがよくて、情熱を感じさせる話し方が好きだった。
すぐに仕事があるわけではないけれど、とりあえずトレーニングの意味で、キッチンに入ってみて欲しいと言った。

彼はすでに他のレストランでアルバイトを始めていたので、うちでも短い時間から初めてもらうことができたのがよかった。
徐々に時間を増やしていくことも出来、フルタイムで働くようになったのは、半年後くらいだったと思う。

彼は私たちの想像以上に仕事が出来た。
もともと器用なタイプな彼は、やらせてみると何でもそつなく、速やかにこなした。
料理が大好きで、接客も丁寧で親切だった。

「来てもらってよかったでしょう?」
私はまるで自分の手柄のように、にやにやしながら夫に言ったものだった。

もちろん誰にでも長所と短所、得意なことと苦手なことがある。
これまでに何人もの人を雇ってみて、適材適所を考えながら、それぞれが生き生きと長所や、得意なことを伸ばしながら働ける環境を用意してあげることが私の大きな仕事のひとつなのだと知った。

彼は、自分のビジネスを始めても、きっとうまくやっていけるだろう、と思えるスタッフに成長した。
けれど彼はたまに、私の感情を大きく揺さぶることがあった。
そして私はやっとわかった。
彼が私にとってあんなにも必要な人だと思ったのは、彼が、私自身を映す鏡の役割をするからなのだと。

私は時折、彼の中に、自分が見たくない私自身を見ることがあった。
そのたびに私はいらいらした。
けれど、そのいらいらをじっくり見つめていると、いつしかそれは、彼とは関係のない、私の問題だということがわかってきた。

自分の店を開きたい、
うちで働き始めてから4年近く、いよいよ彼にその準備のときが来て、彼は去った。

人と話すことが大好きな彼とは、よく話もした。
「人に良くしてあげたい」、そんな気持ちが大きかった彼が、この土地で友達を増やしていくのを見るのが楽しかった。

彼の存在のお陰で気づいた私自身のこと、その気づきが、私をまた一歩、確実に前へ押し出してくれたことを 彼が去った日につくづく思った。
4年前に初めて会ったあの日から、彼自身はどんなふうに今の自分を見つめているだろう?
彼のここでの色々な体験が、やはり彼の将来に役立つことを心から祈っている。

そんな私を一部始終見ていた夫は最後に、
「彼はNalcoのために来てくれたんだね」
と言った。
そう、私の感じたあの時の「サイン」は、私の期待以上だった。
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by S_Nalco | 2010-11-16 18:14 | 気づき

サインから読み取れるもの 2

数年前、私はジョン・スタインベックの本ばかり読んでいたことがあった。

レストランの仕事を始めて、私はビジネス本以外の本を読むことを止めた。
店を開いて3年が過ぎた頃、店も軌道に乗って、
まとまった自分の時間がとれたときにやっと、
大好きだった小説を読むことを 自分にさせてあげることにした。

それまでの私は、最近の作家による小説ばかり読んでいたというのに、
その時に手にとったのが、何故かスタインベックだった。

短編の「菊」を初め日本語で読んで、びっくりした。
今度は英語で読んだ。
あんまり気に入ったので、英語の文章を自分で書き写したりもした。

長編の「エデンの東」、「怒りの葡萄」も含めて次々に読んだ。
この気骨で、偉大な作家のことを知りたくて、南カリフォルニアにある彼の資料館に行く日を考え、
彼の言葉を引用したブックマークや、マグカップを資料館のギフトショップから取り寄せたり、
そんなスタインベックな日々を過ごしていたある日。

私は自分の机の上に一枚の履歴書を見つけた。
そこにはスタインベックの故郷である南カリフォルニアの地名が 
履歴書の持ち主の職歴欄の住所として、書いてあった。
しかも、私が ずっと読みたいと思ってはいても、日本語では手に入れることのできなかった、
「キャナリー・ロウ」という彼の小説、
その小説にちなんでつけられた同名の会社のレストランで働いていたことが記されていた。

私はすぐにその履歴書をもって、夫に詰め寄った。
「この人と、もう面接したの?」
希望はキッチンだったので、ダイニング担当の私ではなく、夫が彼の担当になるはずだった。
けれど、夫は
「してないよ、ちょっと話をしたけどね。いい感じの若い人だったよ。でも、今、キッチンは人が足りているから、募集はしていないんだ、と断ったんだ。」

私は言った。
「お願い、彼を雇って。彼はキャナリー・ロウから来てるの!」
そう言われても、スタインベックにもキャナリー・ロウにも興味がないどころか、キャナリー・ロウが何かも知らない夫、いったい妻は何を言い出したのかとびっくりしただろう。

けれど、これほど分かり易い「サイン」があるだろうか。
私が当時、興味を持っていたことに関係があり、
しかも手に入れたくて、入れられなかった本の題名の場所から来ている人。
それとも私は、物事をこじつけ過ぎているのだろうか?

「私が話していい?
この人、ぜったいうちで働くことになると思うから」
そう言って、履歴書を自分のファイルに綴じ込み、彼に電話をしたのだった。
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by s_nalco | 2010-11-15 18:18 | 気づき

サインから読み取れるもの 1

今日、お店に来られたお客様で、私にとって、とても馴染み深く思える人がいた。

お店をしているとそういうことは日常茶飯事なのだけど、何か気になった。
彼のほうでも、入ったときからとても愛想がいい。

食事を済ませて帰られる時に、彼が来ているジャケットの、アウトドアの会社の名前のロゴが目について、
「どこかでお会いしていますよね?」と、思わず声を掛けた。

「ええ、ここにはよく食べに来ていますよ、でも僕はエレンの家の大工仕事を今、請け負ってるんですよ、あなたの事はよく彼女から聞いているんでね」

エレンというのは最近、仲良くなった年配の女性。
彼が着てるアウトドア会社の仕事をしていた、経験豊富で、チャーミングで、今、
私が一番マークしている(!?)気になる人だった。

彼女が家の増築をしていたのは知っていたけれど、それが彼だったとはびっくり。
ふたりでどんなにエレンが素敵な人か、自分達の知っている彼女を褒め合ったあとで、少し彼と話した。

こんなに沢山の人がいる中で、私はちゃんと話しをするべき人を見つけたことが ちょっと嬉しい。

エレンの働いていた会社はけっこう有名なので、そのロゴのついた服を着ている人はよく見かける。
でも、今日、彼のを見たときは、何か違うものを感じた。

日常の中では、誰にでもそんなことが起こる。

不思議ね、偶然ね、で片づけてしまうのではなくて、そのことから、今、自分がどこにいるのか、どこへ行こうとしているのか、と道しるべを見るように、出来ごとを見ていくのが面白い。

それが自分にとってどんな影響を与えるのかどうか、それにはサインがあって、それをきちんと読み解けるようになること。

的確にサインを読み取れば、かなりの労力が省かれるし、物事がスムースに運ばれる。

精神世界一辺倒だった頃には、こんなふうにサインを自分の仕事や生活に効率的に生かすことは考えたこともなかったけれど。
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by S_Nalco | 2010-11-13 16:19 | 気づき

おおいなる質問

「ケンカをするために一緒に仕事をしているわけじゃない」

店を始めたばかりの頃、日々の忙しさに自分が対応できなかった。夫に対して一方的に怒ったり、いらいらしてしまうことがあって、彼はよく、諭すように私にこう言った。

子供をビジネスの犠牲にしたくない、という私の誓いに対して、夫のほうは私との良い関係を犠牲にしたくない、というのが彼の中に大きくあったことは、私にとって幸運だった。

今、彼はレストランをやりたい、と相談してくる人に「奥さんは巻きこまないほうがいい」と助言している。
そして 店を始めてからずっと、夫は私に優しかった。
私がどんな失敗をしても、彼は絶対に私を責めることはなかった。


今、私はこの仕事が自分の仕事だと、はっきり言える。

そうでなかったときもあった。いつ手を引こうかと考えていた時期も長かった。
けれど、ある日、この仕事が自分のために存在してくれていることに気付いた。

それは、人は人と出会うことで、その関係性の中で成長しあっていくものだと、はっきりわかったときだっただろうか。

私は商売を始めて沢山の人に出会った。専業主婦でいたなら、これほどの人と関わりをもつことは不可能だっただろう。

「成長したい、進化しつづけたい」
それは私がずっと願い続けてきたこと。それが可能ならば、私は自分の中にある、大きな願い・・・次元を超えた願い・・・が、いつか叶うような気がしていたのだ。
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「何のために、私は仕事をしているの?」

自分へのその質問が、 自分自身を中心へと向かわせてくれる。そして、どんなことへの回答も導き出してくれる。

今日も、また。
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by S_Nalco | 2010-10-08 16:21 | 気づき

大好きな仕事

10月5日

お店の税金関係や、毎月の消費税の申請などを頼んでいる会計士さんとは、お店が2年目の頃からのお付き合い。
それまでの会計士さんとは違う、彼女の丁寧なコンサルテーション、説明が気に入ってお世話になり始めた。
わからないことも電話やメールでどんどん答えてくれる。
彼女のおかげでずい分助かったし、教わった。

年齢が近いのと、ふたりともワインが大好きなので、一緒にワインを楽しみながら食事をするようになって、すっかり仲良くさせてもらっている。

今日もふたりでランチを楽しんでいるときに、ふとしたことから彼女が
「私、TAX関係の仕事をするのが大好きなのよねぇ」としみじみと言った。

ちょうど、今、好きではないけれど、やらなくてはならない仕事をこなしている最中らしくて、それが彼女をとても疲れさせていた。

「TAXなら一日、十人分でもやるわよ」という彼女、
そうよね、好きなことだったらどんどんやれちゃうよね、とか話しながら 
どうしてそんなにTaxの仕事が好きなのか聞いてみた。
オフィスワークをできるだけ先延ばしにしてしまう私にはちょっと想像もつかない。

「まず、すごく論理的でしょ。数字が相手だからもう一目瞭然、そこには何の説明も言い訳の余地もないのよ。すべてがクリアーで、かならずはまるところにはまる、その明快さ、かしらね。

Nalcoはお店でおスシを売ってる。例えばマグロのおスシ、お客さんによってはそれが好きな人も嫌いな人もいるよね。マグロじゃなくってハマチがいいとか、海苔は嫌いだから大豆ペーパーで作ってください、醤油は減塩で、生姜は多めに、とか。
すごく沢山のリクエストがお客さんにはあるでしょう。

でも、数字の世界はそうじゃないのよ。あなたがそれを嫌いでも、文句なし、言いわけなし。


明日の天気は自分にはどうしようもできないでしょ。
人の気持ちだって移ろうもの。自分にはどうしようもできないことばかりの世の中で、仕事のプロセスによって出てくる数字そのもが、色んなものを制していくの。お客さんのわがままなリクエストに付き合う必要はないのよ。
この世の中にそういう場所があるっていいと思わない?」

彼女にとってのその仕事は、ある意味、彼女のサンクチュアリなんだ・・・
そんなふうにだんだん聞こえてきたのは、ペコペコのお腹の中に流し込んだワインのせい?

自分の仕事をそんなふうに語れるなんて素敵だな。

そういえば、息子が小さいとき、彼は数字が大好きだった。
飽きもせずに、毎日大きな紙に1から始まる数字を延々と書いていくのだ。
そして、ある日、私に大きな瞳を向けて言った。
「数字って終わらないんだね」


今日戻ったら、たまってきたブックキーピングを済ませてしまおう。

ひょっとしたら、いつもとは違う表情の数字を眺めてみられるかもしれない。
私にとっては新しい、彼女の視点を通して見る世界になんだかわくわくしていた。
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by S_Nalco | 2010-10-06 16:11 | 気づき