カテゴリ:コミュニティ( 24 )

Small Town

この町は何年か前に、
ベスト・オブ・スモール・タウンの
いくつかのうちに選ばれたことがあるらしい。

普段でも夜、9時を過ぎれば通りは静まりかえるし、
日曜日には商店街も閉まっている。
開いているのは、大手のチェーン店だけ。

町中がこぞってファミリー志向だから、
休みにまで働いている人なんてそういない、っていうのがこの町の特色?

うちも右へ倣えで、ウイークデイは8時半に閉まる。
それがある夜 8時頃に店に電話が鳴った。

「9時に予約したいんだけど」
とお客さん。

「済みません、8時半に閉店なんですよ」

私がそう答えると、
相手が突然怒り始めた。

「なんで、そんなに早く閉まっちまうんだよ!こんな町、大嫌いだ。
俺は早くロサンジェルスに引っ越したくてうずうずしてるんだ、
この町に住んでる、俺の友達は皆んなそう言ってるのに、
どこも遅くまで店を開けてくれちゃいない、
8時半なんて、俺たち仕事で、無理なんだよ」

彼の不満がとめどもなく私に降り注がれる。

わかるわ、その気持ち。
若者ならなおさらそう思うのも無理はないし。

でもここは、小さな田舎町。
べつにロサンジェルスみたいな
大都会のようである必要なんてないのだからね。

だから、早く、この町を出て、大都会に行くべきよ。

そう心の中で言っていた。

ひとしきりこの町をののしったあとで、若い男の声は私に言った。
 

「じゃ、8時半までに行くからテーブルとっといてね」

これだけ文句を言っておいて、
まさか来るとは思ってもみなかったのでびっくりした。

なんか可愛い。

やっぱりスモールタウンだ。


若い子たちが遊ぶようなところはあまりないけれど、
ここはこの小ささゆえに
なんだか居心地がいいところがある。
出戻りが多いのはそのせいだ。

「一度はこの町を出ていったほうがいいよ」

若いスタッフに良くそう言っているので、
彼らが広い世の中に出て行くときは文句も言えない。

今日も、22歳の女性スタッフが 
ハワイで暮らし、そこの学校へ行ってみる、
と言って最後のディナーに家族や友人と来てくれた。

私は彼女へのはなむけに、バイト先への紹介状を書いてあげた。

惜しまれて辞めることこそ、次への最大の飛躍。

この町で生まれ、育った彼女、
きっと彼女は
うまくやるに決まってる。
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by S_Nalco | 2011-06-07 18:16 | コミュニティ

Everything is connected 3

Everything is connected
Everything is connected 2


花からメッセージをもらいながら、
花の写真を撮ることをライフワークとしている女友達がいる。

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彼女、ケイトの本業はカウンセラーで、
うちの店の隣のビルにオフィスがあるにも関わらず、
私たち二人、
いつも道端で
「元気~!?」
とハグだけしては、通り過ぎていくしかない。

何せ、お互い仕事でいつだって忙しい。

それが、ある日彼女が店の中までやって来て私に言う。

「こんな忙しいだけの毎日はいやよ、
ちょっと一緒にほっとすることやらない?」

こんなお誘いは、ゼッタイに後回しにはできない。
それに私と同じで 
見えない世界が大好きな彼女が何をしたいかも検討がつく。


もう一人、友達を呼んで、3人でケイトのオフィスに集まる。

それぞれが持ってきた、キャンドルや、水晶や、お花を囲む。

バイブレーションのぴったりくる友達と、
一緒にいるだけで心が和らいでくる。

.......。


「何したい?」

「日本のためにお祈りしようよ」


ケイトがリードして、ビジョンを分かち合ってくれる。


「山が見えるわよ、日本の象徴?」


「何にフォーカスしようかしら?」


「水、水の浄化ね!」


心配なことはニュースを見ていればいくらでも出てくる。

けれど、こうして友達といっしょに心を合せることで、
不安を光に代えて、
自分をも浄化してくれる気がする。

Everything is connected


だから、しっかりハートで 家族や、友人と繋がっていたいと思う。
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by S_Nalco | 2011-05-17 17:20 | コミュニティ

Everything is connected 2

「よし!」と気合を入れたその日の午後に、
日本の被災地にある高校に
支援金を送りたいのでスポンサーになって欲しい、
と地元の高校から電話があったのは前回に書いた。

次にあったのは、
地元の和太鼓のグループが、
被災地に義援金を送るために公園で催したイベント。
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実はこのイベントでは、
日本人である私に
始まりの挨拶をして欲しいと連絡があったけれど、
それは丁重にお断りさせて頂いた。

そのかわり、私もそこでテーブルを出して、
ドネーションの為のT-シャツと、
トートバッグ、リストバンドを売ることにした。

数少ない地元の 他の日本人にも声をかけると、
彼女たちも、快く応じてくれて、
それぞれに自分の作るアート作品などを売って、
全額支援金に回してくれた。

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さて、このT-シャツは、
サンフランシスコから遊びに来ていた友人が着ていたのを見て、
すぐに連絡して取り寄せた。

日本人女性のグループがオーガナイズしていて、
T-シャツや、バッグなどの売上は、
支援金としてサンフランシスコ領事館を通して被災地に送られるそう。


だから、私は今回の和太鼓グループが
支援金を直接送ろうとしている町(大槌市)にも、
何かできることはないかと思い、
墨で、和紙にそれぞれのお好みの文字を書くことにした。

小さい子供たちからは、
自分の名前を書いて欲しい、というリクエストが多かったけれど、
若い男性は、
「栄光」とか、「平和」という文字を書いて、
それを入れ墨するときに、持って行こう、なんて言う人もいた。
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ドネーション金額は決めていなかったけれど、
こんな和紙一枚に何ドルも入れてくれて、
しかも、何も言わずに通りすがりに
10ドル、20ドル札を 
ドネーションBOXに入れてくれる人もいて、
胸がいっぱいになる。

わずか3時間足らずで、
私はT-シャツ21枚とトートバッグ全部を売って、
リストバンドは実は届いた時点で、
うちの店のスタッフが全部を買ってしまっていた。

和太鼓のパフォーマンスは、アメリカ人ばかりのグループ。
数年前に結成されたばかりなのに、
チームワークも威勢もよくって、大好きだった。
他にもアフリカン太鼓など、いくつかの太鼓グループが 
日本のために集まって、演奏してくれた。
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イベントが終わったあとで、
太鼓のグループに集まったお金を持って行った。

するとそこにいた人が、
「今日はこのお方の新しいお家を見つけてあげようと思って、
連れてきたの。あなた、連れて帰ってあげてくれる?」
と言って、私に差し出してくれたのが・・・
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気持ちがふわりと溶けました。
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by S_Nalco | 2011-05-09 16:13 | コミュニティ

Everyhing is connected

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(by,Syracuse Cultural Workers)

地震があってから世界中の人たちが、
「何か自分にも出来ることがあるはず」と、
湧きあがる気持ちを形にして、
被災地への支援をしようと動いているのを見聞きするにつけ、
この地球上で一緒に生きている私たちは、
選択しようとしまいと、
すでに繋がりあっているひとつの存在なんだと、あらためて思う。


今ある、それぞれの立場を生かして支援することで、
それは「支援」以上のものになり、
やっている側も、
その行為を通して何かを受け取っていた。
エネルギーはいつも循環する。
私はどんなふうに関わっていけるだろうと考えていた。

それがある日、自分で「よし!」と
気合を入れた日の午後に、
地元の高校の「リーダーシップ・クラブ」の生徒から、
日本の支援のためにスポンサーになって欲しい、と電話があった。

内容も聞かずに、「もちろん!」と即答した。

実は地元の高校は、
仙台市にある高校と姉妹高校になっていて、
お互いに交換留学生を受け入れている間柄。
そこに支援金を送りたいと
生徒たちのあいだでプロジェクトが持ち上がったらしい。

それで一日だけ、
テイクアウトの店のほうで、
高校生が おスシやどんぶりものなどを買った金額は
すべて寄付金になるというイベントをした。
家族や友人も、高校生同伴ならカウントされる。

結果、前日から翌日のランチのためのオーダーが入って、
当日のランチタイムも車で乗り合わせて来た高校生で店内はいっぱい、
結果、104個分、6万円近い寄付金を作ることができた。

こんなふうに、
フードを用意した店のスタッフ、
高校生、先生、父兄、
皆んなの手と、気持ちを通して
集まったお金を送ることができたことが、
私にとっては大きな満足感となった。

ここでも「繋がり」を形にすることができた、
ということに。

当日の店の売上は、
寄付金を除けば普段よりずっと少ないだろうと見積もっていたのが、
実際にはやや多いくらいだった。

飲み物を寄付金対象にしていなかったので、
ドリンクの売上がいつもの倍以上あったことや、
様々な要因が終わってみれば考えられたけれど、

結果として出た売り上げの数字をまざまざと見て、
宇宙との繋がりを思った。

Everything is connected.
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by S_Nalco | 2011-05-03 15:09 | コミュニティ

フェイスブックの効用

一年前にきちんとした店のホームページを作ったのに合わせて、
フェイスブックも始めた。 
ツイッターは、このあたりでやっている人を 
私は知らないけれど、
フェイスブックを利用する人口と、
そのネットワークはやっぱりすごい。

フェイスブックに店のページを作って、それを数人の友人に知らせ、
ホームページに載せただけで、
2週間でファンが600人になった。

けれど、興味はあっても、
あまりコンピュータをいじるのが私は好きでないので、
残念ながら、フェイスブックを上手に活用しているとは言い難い。

けれど、つい先日、時間をかけて観覧してみると、
常連のお客さんでも、
若い人たちだけでなく、
50代、60代の人たちさえも、
フェイスブックに自分のページを作り、
ネットワークを楽しんでいることがわかった。
しかも100人、200人と交友を広げているのにはびっくりした。

普段、店に食事に来る、シニアに近い人たちが、
電話やメールを除いて、
お互い顔を見ながらコミュニケーションする以外の方法を
そこまで享受しているとは思いもしなかった。
私だって、フェイスブックのページは
娘がセットアップしてくれたというのに(笑)!

私がフェイスブックを好きなのは、
お客さんとの会話が繋がるところ。

知り合いの誕生日が近くなると、その情報がメールに送られてくる。
その都度 お祝いのメッセージをフェイスブックに届ける。
すると思い出してくれるのか偶然か、
誕生日に店に食べに来てくれたりするのも嬉しい。

彼らの行動や写真がアップされていると、
次に会ったときにその話ができる。
そうすることで、
それまではその人が ただうちの店に食べに来てくれるお客さん、
という一方通行な関係から 
私からもその人に対してアプローチすることができる、
双方の流れができるように思う。
相手も自分が発信したメッセージの
反応が返ってくることはどんなときにでも、嬉しい。

現実の関係性がよりスムーズになる道具として、
フェイスブックは多いに利用できるし、
自分のいるコミュニティで何が起こっているのか、
そして自分はどこの部分に関係していきたいのか、
自分の立ち位置も知ることができる。

スタッフも時々、フェイスブックで得た情報を
上手にお客様へのおもてなしへと生かしているのを見かける。

先日も、常連さんで、
その日が誕生日だという人が
ランチの予約を入れていた。

けれど予約の時間が近くなっても、
彼女らが座るはずの席が空きそうもなかった。

私はそれを察して、店の前に出て、彼女を待った。
彼女の姿を見つけると、
ハグして誕生日のお祝いを言った。
彼女とは 私がその日の朝、
お祝いの言葉をフェイスブックで伝えてあったので、すでに通じている。
それから私はおもむろに、
丁重にお詫びする。

予約の席がまだ空いてないことを・・・!

もちろん彼ら御一行はご機嫌で、
「いいよ、大丈夫、待つよ」と言ってくれる。

それは誕生日、という情報を事前に知って、
そのお祝いの空気を私が携えて店の外で待ち構えていたことと、
多いに関係すると思う。

「言葉を交わす前に、
そこにある空気が人の気持ちに影響することに気がついた私は、
人と人とが言葉を交わそうと半径1メートル範囲、
その人の空気みたいな、
なんらかが伝わってくる距離感に近づいたときに
「空気」がいかに大切かを知ったんです。」

 「和田裕美の人に好かれる話し方」
  和田裕美・著 大和書房

ここで言う空気は、
「第一印象」「笑顔」「心」から成っているそう。
だからあらかじめ空気を作ることを意識して、
お客様を迎えれば、気まずい雰囲気になりそうな時でも、
こんなふうにうまくいくものなのかもしれない。

小さい町の、
常連さんの多い店だからこそのフェイスブックの効用、
これからはもっと活用しよう~。
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by S_Nalco | 2011-02-03 13:50 | コミュニティ

メモリアル

今年の春まで店で働いていた人が亡くなって、
店のスタッフの多くは
心の中で行き場のない悲しみを抱えて仕事をしていた。

とくにウエイトレスは若い女性が多いので、
ときどきふと、悲しくなる子たちもいた。

お葬式もメモリアルもなかったので、
肩を抱き合ってゆっくり悲しむ場所がない。

実際、私こそが、このままクリスマスを迎えるのは
気持ちに区切りがつかなくて嫌だった。

それで日曜日に 
亡くなった彼女を偲んで集う、
メモリアルを店で催した。



いくつものキャンドル、

白とベビーピンクのバラとユリ、

生前の、彼女の眩しい笑顔が散りばめられた写真の数々、

色とりどりのバラの花びら、

ラベンダーのお香、

壁に掛かった、
ガーデンにひっそりと立つ、マリア像の写真、

クリスタル・ボウルが奏でる音色。



来てくれた人が、
気持ちを開放しやすい、
柔らかな空間ができあがったように思った。


メモリアルには
店のスタッフだけでなく、
店で彼女を知ったお客さん、
彼女のお母さん、
そして彼女のボーイフレンド、
友人たちも、
来てくれた。


彼女の写真の前でうずくまる女性、

椅子を寄せ合って話し込み、

あちこちで、ハグをし、

あちこちで、涙を拭く人々、

そして熱心に、
彼女へのメッセージを
カードに綴る姿、

静かに座って目を閉じている人。


私は、店のぜんたいを見回しながら、

ほっとする。

よかった。

安心して泣くことのできる場所があるのは、
なんて健全なことだろう、と思う。

言葉にせずとも、同じ思いを分かちあえる人がいるというのは、
なんて温かいんだろう。

これまでに店を貸切で、ウエディング・パーティや、
ベビー・シャワー
(赤ちゃんが生まれる前に、プレゼントを持ち寄ってするパーティ)
をやったことがある。

でもこの店は、こんなふうにも使えるんだと思った。

喜びだけでなく、
悲しみのシーンも、
抱擁してあげられる場所なんだっていうことを。

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誰かがお供えしてくれた、小さなドライフラワーのリース。
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by S_Nalco | 2010-12-13 14:13 | コミュニティ

柔軟に対応する

ビールやジュースなどを配達してくれるのは、
町外れにある会社。

日本の企業や会社に比べて、
アメリカでは こちらが期待するような
サービスが受けられないことがあるのは
前にも書いたけれど
その会社は特にひどいな、と思ったことが何度かあった。

サービスが悪い、というかサービスがない?(笑)。

こまごましたことは忘れてしまった。
というのは、今は満足してお付き合いさせてもらっているから。

ある日、あんまりひどい対応を受けたので、
もう取引をやめたいと思い、他の会社を探した。
けれど、他に選択がないということが結局わかった。
「こことお付き合いするしかないのか」
くらくらした。

同じ頃、ある日私が
その会社について不満を漏らしていると、夫が言った。

「相手が出来ないのなら、出来るほうが面倒見るしかないよ」

さらりとそう言われて、何を思ったか、というと、
自分たちも、そうやって見守ってもらって、
ここまで 来たのかもしれない、ということ。

いや、今現在でさえ、
どこかの会社や取引先は
彼らからしたら、まだまだ未熟な私たちを 
「やれやれ」と思いながらでも、長い目で見てくれているかもしれない。
私が気づいてないだけで・・・。

以来、私は月に1、2度は自分でその会社に顔を出すようにした。
お陰でオフィスの人とも顔なじみになり、仲良くなった。

商品の情報を仕入れ、
融通を利かせてもらえるよう頼んだり、
品切れの商品のフォローアップを促したりして、
相手が 私たちに必要なサービスをしてくれるように、
自然な流れを作った。

ときどきおスシを差し入れしたりしながらでも、
顔を見ながら関係を築いていくと打ち解けて、
言わなくても、気を利かせてくれるようになった。

会社なんだから、打ち解けてもそうでなくても、
一定のサービスが受けられるのが当然なのだけど。
でも今は、こうして気分良く商売させてもらって嬉しい、の一言に尽きる。

自分の期待したとおりのサービスが受けられないからと言って、
憤慨してはいけない。

色んなカルチャー、バックグランドの人がいて、
ここで一緒にコミュニティを作っている。

なのに、予期しないことが起こるたびに
「なんで!?」
と繰り返す私こそ、

柔軟に変化していかなければ、と思う。

(文章には一部、田舎ならではの色合いが濃いエピソードが含まれています。 笑 )
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by S_Nalco | 2010-12-07 18:35 | コミュニティ

地元志向

ブラックフライデイから町中の店という店が、
飾り付け、広告を打ち、
賑やかに人を呼んでいる。

町の大通りには
「SHOP LOCAL  FIRST」(まず地元でお買い物を)
のバナーがかかった。

そう言われなくとも、定期的に地元の店をまわり、
ぼちぼち買い物をするのは、私の仕事。

商店街の中のひとつの店として、
地元の人を相手に商売しているので、
私も必要があれば必ず地元で買い物をする。

必要がなくとも常連のお客さんの店には必ず立ち寄ってみる。
買いたいものが見つからないときもあって、困るけれど、
それでも最低限、顔を出して、
店の人と話しては、もちつもたれつ、という関係を楽しんでいる。

景気が悪くなったと言われはじめた数年前でも、
外食は月に何度か家族でするように心がけた。
誰の財布のヒモも堅くなってきたのが 商売していると明らかにわかったけれど、
そうかと言って私達までも同じように
「使わない」ことを決め込んで何になるのだろう?

私には商売人だけでなく、主婦の顔もあるので、
普段なら2本頼むビールを1本にしたり、
デザートを控えたり、と、細かいことを考えて使うけれど、
基本はいつも 
儲けさせてもらったものは、地元で使わせてもらう、ということ。

地元を見回したとき、
そうなふうにお金を循環させていくことが町の活性化の道だし、
ひいては自分の店にも戻ってくる、
というふうに見え始めたのは、店が軌道にのってからだった。
(でも、これって、幼稚園のときにやった、「お買いものごっこ」が基本かも?)

だから近所の雑貨屋が、経営困難で店じまいするときに 
挨拶がてら買い物に行ったとき、
一緒に行った人が値切っていたのを見てびっくりした。
(すべての商品はすでに半額だった)
店側にしてみれば、もう後がないので買ってくれるのであれば、と安くしていたけれど、
私は足下を見ているようで嫌だった。
なるべく良い値段で買ってあげたい、
という気持ちは商売をしているから、考えられることなのだろうか?

貯金に関しても、大手の銀行から地元の銀行に定期預金を移した。
以前、大手の銀行では下りなかったローンが、
地元では融通を利かせてもらったことがあったから。

「預金口座は社会のお金の流れに貢献します。というのは、預金口座のお金は、より多くの富を生み出すために循環されているからです。」
「クリエイティング・マネー」マホロバアート 
 サネヤ・ロウマン&デュエン・パッカー 著

この個所を読んだときに、それまで個人的には預金に興味のなかった私の考え方が変わった。

「あなた方のなかには、貯金をすることは、お金が必要なときにそれを生みだす自分の能力を信頼していないことだ、と考える人もいるかもしれません」(同出)
どちらかと言うと、それまでの私はそうだった。

このように自分で商売をはじめてから、お金への考え方、取り扱い方がずいぶん変わった。
受け取り、使うだけだったのが、
それに加えて、自分で作り出すことを始めたために、
私は「お金とは」という自分の観念から、組み立て直していったのだと思う。
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by S_Nalco | 2010-12-02 14:58 | コミュニティ

信頼

僕ほど彼女を気に入っている者はいない、
っていうくらい、彼女と一緒に仕事をするのが好きだったのに、最近の彼女ときたら僕でも嫌になるよ。

ダイニングマネージャーがすっかり困り果てて報告する。
彼女というのは ここで働き始めて8カ月のナイナ。
誰もが認めざるを得ないほど、機転の利く働き者で、この店を通してコミュニティに奉仕したい、という気持ちがあった。
ウエイトレスという枠を超えて、店の全体を考えてくれていた。
おおらかで、明るくて、どっしりとした存在感。
26歳の彼女は、目指せばきっとどんなことでも達成できる力のある女性だと、私は安心して見ていた。

それがある日から2週間、予告なしの遅刻、しかも店のオープンぎりぎりに来る。
当然彼女がやるべきはずのオープニングのための準備が手薄になる。

マネージャーに念を押されたにも関わらず、翌日のミーティングはすっぽかし、その日のデイナーのための4時からのシフトには4時半に電話してきて欠席を知らせる。

私が一番知りたいのは、
彼女がどうして遅れたか、
どうしてそのことを事前に電話できなかったのか、
などの言い訳ではなく、
何が、あれほどまでに有能だった彼女を、瞬く間に一番雇いたくないステレオタイプの見本みたいにしてしまったのか、ということ。

以前、「トレーディング・プレイス」というエディ・マーフィ主演の映画を観た。
一人のホームレスと有能なビジネスマンがその環境だけをそっくりそのまま代えられたら、どうなるかという賭けを 老投資家がする話だった。
ホームレスは仕事をきちんとこなすようになり、一方でビジネスマンは絶望のため自殺を図る。
人は問題ではない、環境こそが決め手なのだ、と主張する投資家に勝敗は決まる。

そんなストーリーが去来する、ナイナの言動に彼女を知る人達は皆んな混乱していた。
彼女が週6日働いていたのを半分にして欲しい、と申し出てからひと月もたたないうちに、こんなことになった。
スケジュールを変えたのは新しいボーイフレンドと町から離れた田舎に住み、そこで農業を始めるためだ。
そしてそこから彼女の 彼女らしからぬ行動が始まった。

「もう迷惑はかけない、だから週に一日だけでもここで働きたい」

そう頼む彼女に夫が声を掛けた。

ナイナは今、新しい環境で、新しい夢を期待しながら進んでいる。
そして同時に私たちの期待を裏切りながら進んでいる。
このままではいつか自分のしたことが、 自分の経験として戻ってくるよ。

ナイナは目を赤くして、私達にたくさんハグをした。

けれど、結局、週に一日でも約束を果たすことができなくなって彼女は辞めた。

今でも時々顔を出す。
まるで別人のように変わってしまった彼女。
今、彼女の思う幸せは何だろう?
どんなに曲がりくねって遠くとも、
その道の途上に彼女がいることを、私は疑ったことはない。
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by S_Nalco | 2010-11-18 18:03 | コミュニティ

フリードリンクを出すお店

「土曜日の夜はとても忙しくて、予約で一杯だったんだけどね」

その日はフロントを担当していたリナが報告してくれる。
「7時半に予約のお客様が、7時10分に来られたの。席はまだ空いてなかったからもちろん待ってもらったんだけど、帰られた後で、コメントカードに 
“20分も席が空くのを待ったのに、ドリンクも無料にしてくれなかった”って書いてあったのよ、どう思う?」

私は思わず大笑いした。そういうことってたまにある。
うちの店は小さくて、そんなに融通がきかないのに、4人の予約に8人くらい連れて来られたり、8時の予約なのに、
「早く来すぎたんだけど」と6時くらいに現れたり。

でも、私だって、と思い出す。
レストランを自分で始めるまでは、お客として細かいことには無頓着だったんじゃないかと。

自分がその立場になって初めてわかることがある。
けれど、その立場にならずとも、察することのできる人が多いのも事実で、
自分もそんな大人でいたいものだと省みる。

「ドリンク、タダにしてあげなかったの?」
私が笑いをこらえながら尋ねると、リナが憤慨したように答える。
「だって、私たちはxxxxじゃないのよ、何もお客様に失礼なことをしてるわけでもないし」、
と少々鼻息が荒い。

xxxxというのは 最近オープンしたばかりの町の大きなレストラン。
開店したばかりだから、サービスに不備、間違いが多くて、結果無料のドリンク、無料の食事を出すはめになっているらしい。

私の娘の友人がそこで働いているので、先週娘に誘われたけど私も夫も、
開店間もないレストランにはどうしても行く気にならない。

自分たちが開店したばかりの頃の不慣れな大変さ、てんわやんわを思い出して、
いたたまれなくなるから。
同業者として、祈るような気持ちで遠くから見ている。
3か月くらい経って落ちついて、いい噂が聞こえてき始めたときに、行ってみるつもりでいる。
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by S_Nalco | 2010-11-17 18:32 | コミュニティ