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カテゴリ:スピリチュアル&マテリアル( 3 )

それって本当!


誰かのことを大きな気持ちで見守っている自分に気づいたとき、
私は幸福を感じているんだ、とある日わかった。

そういう気持ちは
夫や、子供、家族、友人、コミュニティ、と
だんだんに年を重ねるごとに広げていけるものだけど、
店でもスタッフが増え、
さまざまなお客様との対応を通して、
広がりも、厚みも増していく、
そんな過程を発見した。

そんな時というのは、
いつもの自分以上に、
自分のキャパシティが一気に広がっている瞬間。

その時の感じは、
相手と融合したような、
温かなふわっとした感じ。

自分との違いを見つけたとき、
相手が自分の予想を超えたことをしたとき、
それがどんなことであっても、
「なんで!?」
と眉を吊り上げるのではなくて、
「OK」
と眉を下げるかんじ。

しかも、とても自然に。

いいとか、悪いとかの判断のない世界で。

そんな日々の中の小さな瞬間が、
実は自分をとても幸福にしてくれていることに思いあたって、
そんな調和の瞬間にもっと気づいていこうと、思った翌日・・・



すごいお客さまがやってきた・・・。

ウエイトレスは奥で泣いていたし、

私は彼女が払うべき200ドル近いチケットを無効にした。

なんだかいきなり洗濯機の中に投げ込まれたような、
カオスの只中に起こったことで、
ちょっといつものお店の流れと全然違っていた。
こんなことは初めてだった。



例えば、今日からダイエットをしよう、と思ったときに、
久しぶりに会う友人から食事の誘いを受けたり、
お酒をやめよう、と決めたとたんに、
珍しいワインがプレゼントされたり
というような体験がないだろうか?
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そういうとき、
「あ、これは今、お酒をやめなくていい、っていう意味?」
「ダイエットは明日からでいいって、いうメッセージ?」
と都合のいい解釈をしてしまいそうだけど、

実はそれは宇宙からの、
「それって、本当?」
というその人の持った、「意志」への確認のメッセージらしい。
(今も、画面に出した写真を削除しようとしたら、
「本当に削除しますか?」という確認が入った、そんな感じ。 笑)

だからここで、
「でも、この人は例外」
「このケースはちょっと違う」
なんて言おうものなら、
私はこれからもそんな、例外の多いところで暮らすことになるのかもしれない。

すごいお客さまの現れた、その夜、
私はちょっとへとへとになっていたけれど、
「それって、本当、本当よ」
と、宇宙にメッセージを送りながら眠った。

違いを受け入れることで生まれる調和のかがやき、
それを観光するために、
アメリカまで来たんだなあ、と思いながら。
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by S_Nalco | 2013-01-27 06:37 | スピリチュアル&マテリアル

信頼

娘を中学校へ送って行った帰り、
ストップ・サインで
スクールバスが曲がってくるところに出くわした。

ハンドルを切りにくそうだったので、
私はぎりぎりまで路肩に寄った。

運転手が私に向かって、にっこり笑う。

なんと白髪の痩せた婦人。
この辺りでは スクール・バスの運転手は殆どが女性でも、
たいていは男にも負けないような大柄な人が多い。

黄色いスクールバスと、黄色いジャケットを着た、
女性運転手を見るたびに思い出すのは、

10年前に私たち家族が意図的に3週間だけ、
ホームレスをしていた時のこと。

夏休みまでの3週間、
小学校4年生だった長女を学校に行かせるために
町外れの山のふもとのキャンプ場で暮らしていた。

事情を話すと学校側は、

「生徒のいるところなら、どこでも行くわよ!」

と毎朝キャンプ場まで娘のためにスクールバスを寄こし、
帰りも連れて帰って来てくれた。

毎朝7時、まだ霧のかかるもやの中を
娘をキャンプ場の入り口まで送って行った。
スクールバスの運転手は
ダイアナ、という名前の豪快な女性だった。

あの3週間は、私のこれまでの人生の中でも
特別なシーンとして残っている。

テントを張った、ままごとのような生活。
大きなバケツにお湯をはって、
3歳と、5歳の末娘と長男のお風呂にした。
週末にはオフ・ロード・バイクを楽しむ人たちで
一杯になるキャンプ場も、平日は静かで、
子供達の大きな庭だった。

私達の持ち物はとても少なくて、
借金はゼロでも、
お金のもちあわせもちょっとだった。

それでも、
その身軽さが
私の精神も、身体もとても軽くしてくれて、
そんな状況の中にでも
家族5人が笑って暮らせる、
人生のフレキシビリティを味わっていた。

どんな状態になっても、
何とかなる。

選択技も与えられないままに、
私のほうが人生に歩み寄るしかない状況もあれば、
人生のほうが、私に歩み寄ってくれる時もある。

そんな人生への信頼感を豊かに育んでいた時期が
あの頃だったと。
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by S_Nalco | 2012-01-28 14:33 | スピリチュアル&マテリアル

スピリチュアル&マテリアル

先日、友人に会ったとき、彼女が言った。

「私ね、今朝、アカシック・レコードを読む人に
 私のことを調べてもらったのよ」
(アカシックレコード=人智学の創始者、ルドルフ・シュタイナーが提唱した宇宙の彼方に存在する全宇宙の過去から未来までのすべてのことが書かれた記録のこと)。

「ずっと自分の仕事について疑問を持っていたの、
本当にこれが自分の仕事なのかどうか、わからなくて」。
そのことは知っていた。
職場が遠方なことや、
彼女自身、他に興味あることがあって、
けれどそれが「仕事」、
すなわちお金を得ることに繋がっていないことを聞いていたから。

彼女は声を出すことのできない子供のセラピーを
今の仕事としている。
私は彼女のような柔らかな雰囲気を持った人が、 
その子が声を出すことが出来るように
子供と向き合っているのをイメージするたび、
心が和む。

「あなたを必要としている人がいるじゃない、
 誰もが出来る仕事じゃないよ」
一日が終わって、
疲れた顔をしている彼女を
そう励ましたこともあった。

アカシックレコードによると、
「やっぱり今の仕事が私の役目みたいね」。
爽やかに言う彼女は
「もっと自分の生活にドラマチックなことを期待していたのかしらね、
世界中の聖地を旅してまわるとか!?」
と笑う。

私から見たら、ひとりの子供の声が出る過程は
よほどドラマチックだ。

私も以前は縁があれば
リーディング(前世を読むこと)など
してもらったこともあったけれど、
自分の必要とする情報や答えは 
意識さえしていれば 
瞑想中や日々の生活、出会いの中でもたらされると、
それで十分だと、ある日思った。

しかもアカシックレコードでも、リーディングでも、
人の口から言われた疑問の残る言葉を 
頑固な私はなかなか納得しない(笑)。

私には瞑想を教えてもらった先生がいて、
その人はもうとっくに亡くなっているのだけど、
ある日一緒に瞑想した友達が、

「あなたの先生がこんなこと言ってるわよ、楽しい先生ねえ」
と笑いをこらえながら私に伝えてくる。

「何でそんなことわかるのよ」
と言うと、
「何でそんなこともわからないのよ?」
と返された。

彼女のなかではそれが普通みたいだった。

この小さな町には色んな人がいる。
日々、スピリチュアリティを感じる心のゆとり、
ちょっとした田舎暮らし、
そういったものを求めて、
都会から引っ越して来るには丁度いい町のようだ。

私は 宇宙の情報、直感、
目に見えない世界に対して、いつも心はオープンにしている。

そのほうが楽しい。

大切なのは、宇宙からもらった情報や 直感を
自分の良心の声を聞きながら、
現実の行動に移すこと。
その移し変えがまだまだ未熟なものだから、
世界はこうなんだと思う。
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by S_Nalco | 2011-11-27 06:20 | スピリチュアル&マテリアル