「ほっ」と。キャンペーン

カテゴリ:予感( 3 )

予感 1


 宇宙は、生きていくに必要なものは与えてくれる。

 電気も水道も通ってない人里離れた山の中で 一年間暮らしてみてわかった。

 大好きな山の暮らしから離れたのは8歳だった長女が 「学校に行ってみたい、友達が欲しい」と願ったから。

 泉から引いた水、ソーラーパネルの太陽光、ろうそくとランプ。薪。
小さな畑の野菜、そのほかのもの、食べるものを買うだけのささやかな仕事は いつもタイミング良くやってきた。夫が山から下りて、大工をして稼いでくれた。

 物質的には最低限の暮らしでも、時間と空間は豊饒だった。
 頭上を孤を描いて沈む太陽、満天の星空、何処までも続く緑と木々。
 そして家族。

 薪ストーブと七輪での食事の支度や、手洗いの洗濯、風呂たき、子供の世話で日が暮れた。
 一家族だけ、隣人が丘を越えたところに住んでいた。
 あの頃のことを 今、成長した子供たちは、
 「ほんとにヒッピーな暮らしだった」と笑う。

 そんな山暮らしの日常の中、ある日、日本からお客が来た。
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by S_Nalco | 2010-08-29 16:06 | 予感

予感 2


 お客は 夫のいとこの友人で 私たちとは一面識もなかった。
ただ、自分の転職の転機にアメリカに来てみたかったのだという。私たちはすぐにうちとけて、
彼がいっしょに グランドキャニオンやヨセミテ公園、といったカリフォルニア近辺の観光をしよう、という提案にのった。

 私たちに日々の生活以外の余分な蓄えはなかったけれど、バンにキッチン用品を積み、寝袋を積み、出かけた。

 食事はキャンプ場で作り、夜は車の中で眠った。 
子供たちは大喜びで、どんな状況でも、みんな旅を楽しんでいた。

 たとえそれが気温が零下の車の中でも・・・。
グランドキャニオンでのその一夜は、私にあるインスピレーションを与えてくれた。

 夜になると凍えるくらい寒くて、入れた熱いお茶もしばらくすると氷の膜がはった。
私は子供たちにできるだけの寝袋をかけてやり眠りについたが 寒くて何度も目がさめた。やっと朝がきて、見ると、車の中の缶ジュースの残りが完全に凍っていた。

 「私ら、冷凍庫の中で眠ったんだね!」
鼻の頭を赤くして、白い息を吐きながら興奮している子供たち。夕べは暖かく眠れたと言う笑顔に慰められたけれど、心の中では何か腑に落ちないものがあった。

 寒い夜に宿をとって泊まることを選択できない、という不自由さを味わっていた。
そして、宇宙は 必要ならば、私たちを最低限生かしてはくれ、眠る場所を与えてはくれても、それが車の中であろうと、洒落たホテルであろうと、知ったことではないんだ、とふと思った。

 もし、どこで、どんなふうに眠りたい、と選択の幅を広げたいなら、その可能性を広げていくのは、私の仕事なんだ、と。
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by S_Nalco | 2010-08-29 16:06 | 予感

予感 3


 クリスマス近くにはこんなこともあった。

 山のたった一軒のおとなりさんはカップルで、二人そろってミュージシャン。ある集まりに 歌いに行くと言うので 夫もそれを手伝いにお供した。おもに彼らの二人の小さな子供の世話だったが、その小さなコンサートが終わると、歌に感動した老夫婦が ぜひクリスマスのプレゼントをさせて欲しいと申し出て来た。

 事実そうなのだけれど、ミュージシャンのカップルも、もちろん夫もお金を持っているようには見えなかっただろう(笑)。
老夫婦は彼らをショッピングセンターに連れて行き、親切にもそこで「何でも欲しいものを買ってくれ」と言った。

 思いがけないプレゼントにでも、夫は欲しいものを見つけられず、そういえばうちの便座が傷んでいたと思いだし、子供たちの大好きなガーフィールドの絵のついた便座を選んだ。老夫婦は笑い出し、子供たちにとキャンディやチョコレート、他にも色々と持たせてくれた。

 その話は、私のお気に入りのクリスマスプレゼントとなった。優しい笑顔に満ちたその老夫婦を思うだけで、心が温かくなった。そして、きっと彼らも 夫が持ち帰ったプレゼントに驚いている私たち家族を想像して、今もまだ笑顔でいてくれるだろうと思った。

 世の中には与える者と受け取る者がいて、その関係性の中、幸せは循環する。その中では誰もが幸せだ。もちろん与えるものは お金やモノとは限らない。
 いつか私も、与える側になれるだろうか、この老夫婦のように。
 
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by S_Nalco | 2010-06-02 16:03 | 予感