<   2011年 04月 ( 4 )   > この月の画像一覧

理由

先日、ダイニングで働いてくれている女性が
話があると言ってきた。
仕事が終わって、話しをきいてみると、
それは明らかに私の気配りの足りなさからくる、
彼女の不満だった。

「私はNalcoたちに迷惑をかけないよう、
よほどのことがない限り休まずに自分のシフトをこなして、
誰かが休めば代わりにシフトに入って 
店が機能するようにいつも考えています。
不満は言いたくなかったけれど、
Rさんは突然辞めたかと思うと突然戻ってきて、
そしてNalcoはそんな彼女にまた仕事をあげている、
なんだか腑に落ちなくて。」

それを聞いたときに、
彼女の不満はもっともだと、心から思った。

彼女をはじめとする、
独身の女性はある程度スケジュールに融通がきくし、
うちにいる人たちは
この職場を大切に思ってくれている。

だから、既婚で子供がいるスタッフが、
家庭の事情、子供の病気、色んな事で休まなければならないときに 
彼女たちがカバーしてくれて、ずいぶん助けてもらっている。

なのに私は心のどこかで
「仕事をあげている」
という気持ちになっていたかもしれない。

そのときになってようやく彼女たちに対する
自分の驕りと甘えに気がついた。

「本当にごめんなさいね、
あなたの立場から物事を考えていなかったせいで。」

そう伝えてから、
私がRさんの今の大変な境遇をとても理解していること、
彼女のこれまでの働きぶりを考慮しても、
またここで働いてもらっても構わないと思ったこと、
そして彼女が落ち着いた生活を取り戻すまで、
彼女を少しでもサポートしたかったことを話した。

色々お互いの“理由”を話すうちに、
私を呼び出した彼女のほうも
すっきりして納得してくれたようだった。

私はその後、他にも彼女のように、
店の“縁の下の力持ち”になってくれているスタッフを呼んで
同じように話し、自分の心配りのなさを誤った。
d0167973_11364742.jpg

コミュニケーションというのは
その場の見えないエネルギーがスムーズに流れるためには 
本当に大切だと改めて感じた。
日頃からそのことには自分なりに気をつけていたつもりだったけれど、
日々、沢山のことがあるなかで、今回のことは思い至らなかった。

「言ってくれてありがとう」
と伝えたのは本心からで、
彼女のおかげで
私はまたひとつ、
自分勝手な理由に気がつくことができた。
[PR]
by S_Nalco | 2011-04-23 11:49 | 気づき

行動のもとになるもの2

最近お客様から、
サービスがとても良いと
度々声を掛けてもらえるようになったCさん。

彼女はウエイトレスは、ここが初めて。
そもそもバスパーソン、
(テーブルの食器を下げたり、お水を運んだり、ウエイトレスの補佐をする仕事)から始めた。

初めはぎこちなくて、失敗も多くあったけれど、
それでも働いてもらっていたのは
彼女がもともと素直で親切な性格だったから。

そんな良い資質をもっていながらでも、
初めの頃はお客さんの反応が気になって、
彼女のサービスは お客様の感情に対する
“不安”
が出発点だった。

だから彼女は少しでもフードが遅かったりすると、
間が持てなくてフリーのおつまみや、飲み物を出すことで
お客様のご機嫌を取ろうとしていた。

私はそれを見るたびに、
彼女にはまず、
お客様と心を通わせることを提案した。

お客様と会話し、
お客さまを観察する、
そこから、何を望んでいるのかを知ること。
また、店のメニュー、お酒、ワインに関する知識、
それらをタイミングよくお話することで、お客様にはずい分喜んでもらえる。
それが大切なサービスの要素なのだということ。

そういうことを積み重ねていくうちに、
彼女自身もだんだんと自信をもって対応できるようになった。
もともとが奉仕の精神に溢れている彼女、
やっと軌道にのってきた、という気がした。

彼女のサービスは今、
“不安”
からではなくて、純粋に、
“お客様に少しでも喜んで欲しい”
という明るい気持ちから発せられているのが、
そばにいてとてもよく感じられる。

行動のもとになる感情が変わり、
それに見合う結果として、
こんなにお客様に喜んで頂けるようになったね、
とCさんに話すと彼女もその通りだと頷いていた。

日常生活の中には気付かないうちに、
不安から行動を起こしてしまうことがけっこう多い。

私がそれに初めて気付いたのは、
ずっと以前、友達から譲り受けた古い車に乗っていた頃。

出かける前にはいつもオイルと水の点検を欠かせない車だった。
私はその点検を、
「どうか道中、車が故障しませんように」
という不安な気持ちから日々やっていたものだった。
(実際途中で止まって、目的地まで辿りつけないことさえあった!)

それがある日、いつものように点検していると、
その愛車が私にふいに、諭すように言った。

「不安からではなく、感謝から始めなさい」

何故か、
何の疑問の余地もなく、
こんな不思議な出どころのメッセージにも関わらず、
私はこれにまったく納得してしまったというわけ。

もうその車はとっくに廃車になってしまったけど、
そのメッセージは今も大事にもっている。
というかこのメッセージは一生ものだと確信している。

「感謝」から物事を始めれば、
不安になる隙もなくなってしまうものなんだと、
心配性だった私がずいぶん楽になった。
[PR]
by S_Nalco | 2011-04-16 17:00 | 気づき

行動のもとになるもの 1

お天道様に照らされて
多くの命が育まれるけれど、
商売においても、
それは明るい息吹を吹き込んでくれる。
d0167973_1474713.jpg

10月の後半から3月まで雨季と呼ばれる
雨の多いこの地域では、
年明けから雨が終わる頃までお客様の足も遠のいてしまう。
だから1月、2月は店ごと長い休暇を取るレストランも多い。

けれど、3月の終わり、
春を感じさせる風が吹き始めて、
その風と一緒にお客様も一緒に押し寄せてくるイメージが、
ある日やってきた。

その頃、ダイニングマネージャーが休暇を取っていたので、
私は毎晩彼の代わりに夜のシフトに入っていた。
それで私はすぐに満席になってしまう小さな店内、
(11テーブルとカウンター7席)の他に、
外が温かいので、店の外にもう一つ、4人がけのテーブルを置いた。

折角来店して頂いたのに、
空いた席がなかったり予約で埋まっていたりして、
お客様をお断りしなければならないことほど申し訳ないことはない。
だから、一人でもお断りしなくていいように、と思ってのことだった。

ディナーのオープンになると、町でイベントがあったのも重なって、
来店する人、テイクアウトのオーダーをする人で
店がすぐに一杯になった。

外の臨時に置いたテーブルも
入れ替わり立ち代りお客様に座って頂いた。
その光景に、はじめは笑顔だった私の気持ちが
だんだんクエスチョンマークになっていったのは、
あまりにも忙しくて、
自分がいつもは普通にできるレベルのサービスを
お客様にしてあげられていないことが 
オープンして、
ほんの1時間足らずの間に積み重なっていったからだった。

混雑した店内で、幾つものお手玉を操るように動きながら、
カウンターでスシを握っている夫に耳打ちした。

「テーブルひとつ増やしたの、間違っていなかったかな?」

「どうして?お客さん、喜んでるよ。」

もちろん不機嫌なお客さんの姿は見当たらない。

けれど、忙しい上に、テーブルを増やしたことで
サービスの流れはいつもよりゆっくりだった。
ゲストチケットが運ばれてくるのを待って、
ぼんやりしているお客様に、
私は自分の仕事で手一杯で 話しかけに行くこともできなかったし、
その日多かった子供連れのファミリーにも、
もっとして上げることができたのに、と気づけばきりがない。

私は恐るおそる、そっと自分の気持ちの流れを巻き戻ししてみた。
そこには、
その日、店に出勤して、予約状況を見、
風が温かくて、最近人足が増えてきたことを考慮した時、

「来店された時、
 席がないのでお断りしてお客様をがっかりさせないようにしたい。」
という気持ちより以前に、

「いつもよりヒマだったこれまでの挽回をしなければ」
というとっさの思いがあった。
私はそのことに実は気づいていたのに、
気づいていないふりをしていたのだった。

何かをやろうとしたとき、
一番最初の思いの出所(でどころ)こそが最も大切なことだと、
私はこれまでの経験で十分に思い知らされた。

「儲けたい」、
そう思ってやったことはちっともうまくいかなくて、
逆に遊び感覚で、自分が楽しみながらやったことや、
お客様の笑顔がすぐに見えてきたりしたことには
いい結果がついてくる。

私は今回、テーブルを増やしたとき、
一瞬でも最初に自分勝手な理由を思い浮かべてしまっていた。
でもその自分の思いを誤魔化して、
テーブルひとつ、運んで来てしまったのだ。

あ~、また!
こんな時、私は舌きりスズメの欲深ばあさんを思い出す。
ばあさんは、最後の最後になるまで自分が何をやっているのか、
何を生み出しているのかがわからなかった。

けれど私は、
自分の行動のもとにあるものが何なのかを明確にしていれば、
自分が何を生み出そうとしているのか、が
わかっていたはずだった。

だからいつも気をつけて、
少しでも 最初にヨコシマな考えが浮かべば行動することをやめる。

商売は儲けるのが社会的な義務だけど、
それは後からついてくるもの。

先立つものはいつも、
お天道様にどこから照らし出されても
恥ずかしくない「思い」だけ。
[PR]
by S_Nalco | 2011-04-09 14:23 | 気づき

素晴らしい人々

日本に戻る前に 
地震のニュースを聞いた常連のお客様、シルビアは、
日本にいる私の末娘のことを心配して、
電話してきてくれた。

だから、日本から娘を連れて戻ったときには、 
すぐに彼女に連絡したかったのだけれど、
連絡先が見つからなかった。

シルビアの
娘さんとは
私のフェイスブック・フレンドなので、
娘さんにメッセージを送ってみた。

すると驚いたことに、シルビアも最近フェイスブックを始めたという!
すぐに探索して、お友達リクエストを送ったけれど、
まさか彼女がオンラインのソーシャルネットワークを始めるとは、
びっくりした。
彼女は今年、94歳になるのだから。

彼女は毎日の水泳と、
レストランではいつも赤ワインを欠かさない。
ずい分前に 私が子育てのことで悩んでいたときに、
ふとシルビアに漏らしたことがあった。
「はじめっから子育てをやり直せたら、って思うのよ」
すると彼女が言った。
「もう一回やり直したとして、
今回やった間違いはしないかもしれないけれど、
今度は別の間違いを犯すものなのよ、
だからやり直すなんて考え、まったくいい考えじゃないわよ!」
私はそのアイデアに目からうろこで、
「それもそうね、」と二人で大笑いした。

私がシルビアからもらったような
「長老の言葉」を
店のスタッフもきっとそれぞれがもらっているに違いないと思う。
スタッフ全員が彼女の熱烈なファンなのだから。

思えば、
年を重ねるとは、その分、賢くなること、
そう思わせてくれる人々に多く出会ってきて、今の私がある。

20代の初めでアメリカに来て、
素敵で、パワフルな40代の女性達に出会い、
自分の生きる方向性が変わった。
以来、自分が40歳になるのを楽しみにして生きて来た。
私はすでに40を数年前に超えたけれど、
40歳になったときのちょっとした誇らしさ、
あの頃、私がお手本にした彼女たちに、
少しでも近ずけているだろうかと 襟を正す気分だった。

友人のお母さんはつい最近、
90歳の誕生日を元気に家族で祝って数日後に 
心臓発作で亡くなられた。
時々、オーケストラのコンサートに
友人と一緒に誘ってもらったことがあったけれど、
いつも ヒールの靴に 品の良いワンピース、
ピンクの口紅をつけて、
背筋の伸びた姿勢は私たちの誰よりも美しかった。

90歳間際であれほど美しく、エレガントな人には、
もう出会うことはないだろうと思っている。

今、私には60代、70代の素敵な友達がいる。
いつか私がその年代に辿り着くための水先案内人でもある。
彼女達の これまでの体験をおしゃべりの合間に聞けることだけでなく、
来た道とこれから行く道の微妙な境目で、
彼女たちがこれから体験すること、選択していくことは、
私にも興味深い。


私の敬愛する年上の女性たちの 一番素晴らしいと思うのは、
彼女たちは笑い飛ばすことを知っているから。
それでいて、深く、愛の対象と視野が広い。
もちろん素敵な年の重ね方をしている紳士方も
沢山知ってはいるけれど、
私をとりこにするのはいつも女性。

けれど、もうご存じの人も多いと思うけれど、
今回の地震で「被災おじいさん」と呼ばれている、
沢山の人を勇気づけた人がいる。

地震から3日後に救助された、この初老の男性は、
救助されたときには素晴らしい笑顔を見せて、

「大丈夫ですよ、チリ津波も経験しましたからね。
 大丈夫ですよ、再建しましょう」

と言った。

 世の中には、悲しみの状況にあっても、
こんなふうに人を照らすことのできる人もいるんだ、
というか、
この人はいつも、照らす側にいることを選択しながら、
これまで生きて来られた人ではないかと思った。


私も、この映像を見てから、
自分の中心にようやく戻ることができた。

本当にありがとうございます。
[PR]
by s_nalco | 2011-04-02 19:32 | 日記