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スピリチュアル&マテリアル

先日、友人に会ったとき、彼女が言った。

「私ね、今朝、アカシック・レコードを読む人に
 私のことを調べてもらったのよ」
(アカシックレコード=人智学の創始者、ルドルフ・シュタイナーが提唱した宇宙の彼方に存在する全宇宙の過去から未来までのすべてのことが書かれた記録のこと)。

「ずっと自分の仕事について疑問を持っていたの、
本当にこれが自分の仕事なのかどうか、わからなくて」。
そのことは知っていた。
職場が遠方なことや、
彼女自身、他に興味あることがあって、
けれどそれが「仕事」、
すなわちお金を得ることに繋がっていないことを聞いていたから。

彼女は声を出すことのできない子供のセラピーを
今の仕事としている。
私は彼女のような柔らかな雰囲気を持った人が、 
その子が声を出すことが出来るように
子供と向き合っているのをイメージするたび、
心が和む。

「あなたを必要としている人がいるじゃない、
 誰もが出来る仕事じゃないよ」
一日が終わって、
疲れた顔をしている彼女を
そう励ましたこともあった。

アカシックレコードによると、
「やっぱり今の仕事が私の役目みたいね」。
爽やかに言う彼女は
「もっと自分の生活にドラマチックなことを期待していたのかしらね、
世界中の聖地を旅してまわるとか!?」
と笑う。

私から見たら、ひとりの子供の声が出る過程は
よほどドラマチックだ。

私も以前は縁があれば
リーディング(前世を読むこと)など
してもらったこともあったけれど、
自分の必要とする情報や答えは 
意識さえしていれば 
瞑想中や日々の生活、出会いの中でもたらされると、
それで十分だと、ある日思った。

しかもアカシックレコードでも、リーディングでも、
人の口から言われた疑問の残る言葉を 
頑固な私はなかなか納得しない(笑)。

私には瞑想を教えてもらった先生がいて、
その人はもうとっくに亡くなっているのだけど、
ある日一緒に瞑想した友達が、

「あなたの先生がこんなこと言ってるわよ、楽しい先生ねえ」
と笑いをこらえながら私に伝えてくる。

「何でそんなことわかるのよ」
と言うと、
「何でそんなこともわからないのよ?」
と返された。

彼女のなかではそれが普通みたいだった。

この小さな町には色んな人がいる。
日々、スピリチュアリティを感じる心のゆとり、
ちょっとした田舎暮らし、
そういったものを求めて、
都会から引っ越して来るには丁度いい町のようだ。

私は 宇宙の情報、直感、
目に見えない世界に対して、いつも心はオープンにしている。

そのほうが楽しい。

大切なのは、宇宙からもらった情報や 直感を
自分の良心の声を聞きながら、
現実の行動に移すこと。
その移し変えがまだまだ未熟なものだから、
世界はこうなんだと思う。
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by S_Nalco | 2011-11-27 06:20 | スピリチュアル&マテリアル

TATTOOの理由

店には若い人も多く働いてくれているけれど、
共通点を挙げるなら、皆んな素直。
不器用でも、歩みが遅くても、
素直に聞く耳さえあれば、
本人はどんどん上達していくものだということを
これまでに沢山の人を雇ってみてわかった。

19歳の男の子は、
地元の大学で勉強しながら、うちでアルバイトをしている。

「働く」ということがどういうことなのか、
というところから、教えなければならなかったけれど、
一心にこちらの伝えることを聞こうとする態度と 
諦めないところが気に入っている。

ある日、仕事の途中で、
「家でちょっと大変なことが起こったんです。帰ってもいいですか?」
と青い顔をして言ってきた。
もちろん、と言って、急いで引継ぎをして帰らせた。

何があったのかは今も聞いてない。

いったい何が起こったのか、というよりも、
大人になる過程で起こる出来事によって 
導かれる、彼の思考の行方を思った。

その後入った携帯電話のメッセージには、
「これまでの僕の人生で最悪の出来事が起こった、今も手が震えてる」
とあり、翌日の仕事も休んだ。

結局、お客様相手で暗い顔をしては出来ない仕事なので、
「一週間ほど休んだら」、
と私のほうから提案した。

「私でできることがあれば何でも言ってね」
とメッセージを送ると、
日本語で、
「記憶」
という文字の写真を送ってきて、
「これは“メモリー”っていう日本語で合ってる?」
と聞いてきた。

「Nalco、僕はもっといい人間にならなければならないよ。
僕はTATTOO(入れ墨)には興味なかったけど、
今度ばかりはこの文字を入れ墨しようと思ってるんだ。
いつも、いつも自分の腕に刻まれたこの文字を見るたび、
あの日に起こったことを思い出し、
自分がもっといい人間になれるようにと願うんだ。」

彼の大型犬のような忠実な瞳を思い出した。

そこまでしなくても・・・・、
やっぱりTATTOOには反対派の私はとっさに思う。

「記憶って文字はそれであってるけど、
TATTOOに関しては、またゆっくり話そうよ。
そうでなくっても、あなたはもうすでに前よりも、もっといい人間になってるよ。」

私は彼にそう、メッセージを返した。

日本の「入れ墨」とは違って、
こちらではまるでポップ・アートの感覚で、
この小さな町に、3軒もTATTOOショップがあるほど
多くの人が身体のどこかに、TATTOOを入れている。

なかでも、漢字をTATTOOにするのは「クール」だと思われているようで、
「愛」や「友」、「忍耐」、こんな字まで?と思うようなものまでよく見かける。
(「夫」と自分の首筋に入れている初老の男性もいた)。
一生モノになるはずのTATTOO、
洋服のように脱ぎ捨てられるわけでもないのに、
人はどうしてそんなに簡単に自分の身体の一部にできるのかな?

ところで、次に会ったとき、
彼はすでに「記憶」をTATTOOにしてしまっていた。
しかも手首にかなり大きく。
これならば長袖を着ていても、
この文字はいつも彼に存在を主張していられる。

「今日、中国人のお客さんが来て
(記憶)の
中国読みを教えてくれたんだ。」

笑う彼を見て、
これで彼のまっすぐな心に
彼なりのけじめをつけたんだなあ、と眺めている。
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うそでしょう???
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by S_Nalco | 2011-11-20 18:34 | 日記

いつも、いつも。

あれはハロウィンの夜のこと。
その夜の予約をされたお客様が、
前回の来店のときには満足な食事でなかったと
電話口で伝えられた。

前回は息子の誕生日で来たから、
何も悪いことは言わずにいたけれど、
肉の焼き加減など全般において気にいらなかった。
だから、今夜のディナーは無料にして欲しい、ということだった。

こんなお客様からのリクエストは開店以来始めてのこと。

その夜、50歳近いご夫婦が来店されたのを見ると 
私には馴染みのないお客様でハロウィンの日らしく、
ロリーポップキャンディを口に入れて頬を膨らませたまま席に着かれた。

前回彼らを担当したというウエイトレスが、
「あの日はとても機嫌良く帰られたと思ったのに」
とがっかりして言う。

その夜は 
ウエイトレスの中で一番長く働いてくれているSさんが
担当する席に その人たちが座った。
彼女なら大丈夫。
彼女で文句が出るようなら、
それはお客様の問題だわ、そう思った。

食べきれないほどの食事を注文されて、
デザートも召し上がって、
その様子を私はときどき見守りながら、
結局私はそのお客様とはお話しすることもなく時間が過ぎた。

ただ、帰られる時に、
「今日はどうでしたか?」
と声をかけると、
来たときとは違う、
大げさに言うとつきものが落ちたような柔らかいお顔で、
「ありがとう、美味しかったわ」
と言われて帰って行った。

営業が終わって、
一緒にテーブルを片付けながらSさんが言う。

「私ね、ありがとうございます、
って言ったんですよ、あの人たちに。
お店にとって悪いことを言うのって、
なかなかできることじゃないのに、
あえて言ってくれてありがとうございましたって。」
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私はあのお客様が帰られるときの表情を思い出した。
「そうだったんだ」

私は普通、クレームを伝えられたときには、
お客様にそのように言うのが常だった。
「言ってくださってありがとうございます」と、心からそう思う。
でも、今夜だけは、そのことを言うのはとてもはばかられた。言えない自分がいた。

「あなたが私の代わりに、ちゃんと伝えてくれたのね、そのお客様に。」
私はしみじみとした気持ちで
彼女の目を見てそう言った。

言えなかった自分をまだまだだな、と反省する気持ちを上回るほどに 
彼女の在り方が嬉しかった。
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by S_Nalco | 2011-11-13 16:40 | ホスピタリティ

重ね煮

「重ね煮」、
という調理法があるのは聞いていたけれど
詳しい作り方をYUTUBEで見たときに、
「あ、これ知ってる」
と思った。

いつだっただろう。
どこでだったか、本で見たのだったか、
友達に聞いたのだったか、
実際、自分でも実践していた時期があった。
子供たちが小さいころ、
離乳食を手作りの豆腐や、味噌で作り、
手に入るものは有機の野菜で、
そして玄米菜食に切り替え、
マクロビオティックの本を読んでは食事を作っていた頃、
もう10年以上も前。

YUTUBEで「重ね煮」の作り方を教えているのは 
「重ね煮」研究家の戸練ミナさん。

実はこの映像を見たとき、
私は「重ね煮」よりも、
この料理家のほうに心がいってしまった。

「重ね煮」研究家なのだから当然だと言ってしまえばそれまでだけど、
素材を労わる気持ち、
自然の恵みの前に謙虚でいる「いただきます」、という気持ち
そういった「重ね煮」フィロソフィーと一体化してしまっている笑顔に目が釘付けになってしまっていた。

彼女は「お野菜さん」と呼び、
「にんじんさん」と呼び、
「重ね煮」が陰陽の考えからきたことでも、
「お野菜どうしが仲良くなりやすい重ね方」、
と、平易な言葉で、説明する。

「心を込めて料理をする」
と人は普段から口にするけれど、
では、心を込めて料理する、とはどういうことなのか、
それを具体的に説明しているのがこの料理法であると思う。

「心を込める」というのが、
人間側だけの、一方通行ではいけない。
それは、素材にとっても、
食べる人にとっても、
作る人にとっても、
平和な気持ちをもたらしてくれるものなのだと、
改めて感じた。

そして真に「心を込めて」料理すると、
どういう結果になるのか。

ミナさんが、
言うように、
心があったかくなる人、
子供たちがたくさん食べたり、
体調がよくなったり。

「こんなに心を込めて料理してくれたら、
おいしくならなきゃね、ってお野菜さんたちが
ぜったい思ってくれるんですよ」

なんて楽しい考えだろう。

お野菜を全部切って、鍋に入れて、火にかける前にするお祈りがある。

「天地(あめつち)のお恵みと、
これを作られた方のご愛念に感謝して料理させていただきます。
この食べ物が私たちの身体の中に入って、
自他ともにお役に立ちますように。
ありがとうございます。」

このお祈りは頂きだな、と思う。

今年、日本でも、アメリカでも、
お肉や、まさかのキュウリやメロンまで食中毒の原因になった。

カリフォルニアでは来年から、
レストランなどフードに関する仕事に着く人、全員に
「Food Handler Card」の取得が義務付けられて、
皿洗いの人でもフード・セーフティについての知識が必要とされるようになった。

食べる人と、提供させて頂く側との信頼関係、
それを深く心に留めてみれば、店に携わる人全員が心して、
食品衛生にアテンションしていく義務付けは当然と思う。
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食品衛生の知識と実践、
素材への感謝の気持ち、
食べてくれた人の笑顔、
作らせて頂くことの幸せ。

「重ね煮」の思想に触れて、
食べる、
命を頂く、
ということを改めて考える。
そしてそれは沢山の人へ食事を提供するレストランだからこそ、
うちのスタッフ、ひとりひとりに
同じように考えてみて欲しいと思った。
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これは基本の重ね煮。
先日、友人の畑でとれた沢山のトマトを玉ねぎと重ね煮したら、
家の外まで甘くて柔らかい匂いが立ち込めた。
これが本当の野菜の香り、と思った。
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by S_Nalco | 2011-11-07 14:48 | メニューの周辺