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今年のクリスマス

クリスマス・イブの友人のホームパーティ。
他の皆んなが帰ったあとで、
彼らに話があった私たちは、
この友人夫婦と少しばかり個人的なことを
ソファでくつろぎながら会話していた。

ふとしたことから、友人が言った。
「今年は自分にとっては大変な年だったよ。
3月に母が亡くなったからね。今でも、まだだめだ。」

60を過ぎた、私よりずっと年上のこの男性の、
心からの告白に私はとても心を動かされた。

今年、93歳で突然亡くなった彼の 本当に美しかったお母さん。

私はふと思いついたことを口にした。

「生まれてはじめての、
お母さんのいないクリスマスなんだね」

すると彼の奥さんが私に静かにこう言う。

「そのことに気づいてあげてくれて、ありがとう」。

アメリカのクリスマスは、
日本のお正月や、お盆のように、
家族が集まってお祝いするのがならわし。
彼も毎年彼の家族、
兄弟とその家族、
そしてお母さんと一緒にクリスマスを祝っていた。

こぼれてくる涙を拭いながらでも、私にはこの瞬間が輝いてみえた。
いくつになっても愛情を表現することの出来る文化、
そしてそれを抱擁することの出来る文化、
それが素晴らしいと思う。


あることがきっかけで、今年のクリスマスは、
楽しく、わくわくした気持ちよりも、
もっと、痛いような寒さの中で感じる、
しんとした、内なる強さについて考えていた。

23日にクリスマスのプレゼントの交換をしましょうと、
ランチの約束をしていた女友達が、
毎年この日の午前中は、
30年前に亡くなった母の墓参りをするのだと聞いたとき、
14歳だった彼女の、
母を亡くしたばかりの、クリスマスの日の朝を思った。
彼女には、悲しさよりも、
決意のほうがその日、先にあったかもしれない。

そんなような、
しんとした強さについて。



アメリカは日本よりも盛大にクリスマスをお祝いする。
私はクリスチャンではないけれど、
それでも
この日への神聖な思いは年々、深くなっていく。
もしも、クリスマスを、
楽しく祝うことができない状況にあっても、
静かにその日に向き合うことができれば、と
そんなことを思う。

そうすれば、きっと何かが得られるような気がする。

ひとりひとりの心に、
クリスマスの灯火が灯り、
これからの一年を温めてくれますように。
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by S_Nalco | 2011-12-28 18:32 | 気づき

エコとコミュニティ

地元の小さな小学校の生徒と先生の希望者に 週一度、おスシを届けている。

使いまわしのきく、タッパーを使っているので
ランチタイムが終わるとそれらを取りに行く。

100%と言っていいくらいキレイに食べてくれている
(アメリカ人の子供にこんな光景は珍しい!)
からっぽのタッパーを見るたびに、

「今日も喜んで食べてくれたんだ」
と、心がほっこりする。

そのことをFACE BOOKに書いたら、

「お店のテイクアウトにも、
もっと環境に優しいコンテナーを使ってくれると嬉しいんだけど」
とお客様からコメントがあった。

店で使う持ち帰りのコンテナーは、
紙か、サトウキビでできた容器やカップ、
とうもろこしが原料の一見ビニールみたいな袋、
なるべくプラスチックを使わないことを目指している。

けれど、おスシの容器だけは、
日系の会社からそれ専用の
使いやすくて見栄えのいいプラスチックのものが
どこよりも安く購入できるので
ずっとそれを使ってきた。

それでも、最近はアメリカの会社が
「スシ」用のテイクアウト容器として、
エコな原料で市場にどんどん出てきはじめている。

ところがこれが今使っているものよりずい分と高い。
サンプルを送ってもらってあちこちの会社を比較したり、
金額の交渉をしたりと、
商品が環境にいいからと言って、
すぐにそれに変えることができないのが現状。

なるべくお客様に安くおスシを買ってもらうための努力と、
環境に負担をかけないための努力、
それらのリサーチにはいつも時間をかけている。

話を子供たちのお弁当に戻すと、

この学校の子供たちは日替わりで、
あちこちのレストランからピザやブリトーなどを注文するけれど
全部紙皿で 食べ終わると捨てている。

おスシを食べたあとの容器をゴミ箱に捨てるのではなくて
皆んなで集めて戻す、という行為が
ちょっとでも子供たちの記憶に残ってくれればいいな、と思う。

彼らの大好きな、エビ天入りのおスシの味と一緒に(笑)。

私が小さい頃、母は買い物カゴを下げて買い物へ出かけた。
だから友達とお買い物ごっこをして遊ぶときには
必ず買い物カゴが必要だった。
近所にお好み焼きを買いに行くときには、私はお皿を持参した。

そんな光景が残っていると、
エコはけっこう近い。

それどころか、
子供のころの「ごっこ遊び」の楽しさや、
お好み焼き屋のおばさんの笑顔を思い出して、
エコに連なる、温かい記憶に浸ることもできる。
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by S_Nalco | 2011-12-19 15:45 | コミュニティ

記憶の収納場所

末娘は日本のアニメが大好きで、
インターネットで毎週アップされるのを心待ちにして見ては、
ご丁寧にその内容を私に報告してくれる。

けれど、その登場人物の名前を私が覚えないものだから、
いつも呆れられている。
けれど、
「どうして、私がそんなこと覚えてなきゃいけないの?」
私はそこでいつも開き直る。


それがお店のお客様の名前を忘れたりすると、
かなりがっくりしている。

どうも自分の頭の中に蓄えておける記憶の量は、
まるで部屋の押入れの中のように
限りがあるような気がしてならなかった。

だからいつも、空いたスペースを確保するごとく、
必要のないことは即削除、
アニメの登場人物の名前なんて、
スペースの無駄使いの他ならない、と(笑)。


レストランを始めて数年後から、
お客様の名前を覚えることがとても困難になった。

常連のお客様に、
人生の伴侶ができたり、
子供が生まれたり、
孫が増えたり、
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(お店に来る子供たちが書いてくれた絵がたくさん!)

ああ、そのたびに私は書き残して復習したり、
ポストイットに記して
レストラン内の秘密の場所に貼り付けたりするけれど、
とっさのときに名前が出てこないことが多くあった。

それは、記憶の許容量には限りがあって、
自分がこれ以上覚えられないのは、そのせいだ、
許容を超えてるんだ、
と、そう考えることで納得しようとしていた。

けれど、
「未来は、えらべる!」
(バシャール、本田健・著/VOICE・ 出版)の、
記憶についての説明の章で、

「人間の記憶は脳の中にはなく、
体の外にサーバー的場所が存在し、
そこにすべてあるのではないかと思っています」
という本田健さんの問いに、

バシャールが
「そのとおりです」
と答えているくだりを読んで、
そうだったのか、と思った。

それで、ずい分前に買って一度目を通しただけの、
記憶力世界チャンピオンが書いた
「記憶力を伸ばす技術」
(ドミニク・オブライエン・著/ 産調出版)を
眠る前に少しずつ読み始めた。

それには、記憶と老化の繋がりは根拠がないと書かれている。
記憶は主観的だし、
そして心理的なものがずいぶん影響していることも。


そういえばこんなことがあった。

地元出身のジャズシンガーがいる。
彼女のチャーミングな歌声が大好きで、
彼女が地元に戻って、
コンサートをするときにはたいてい聞きに行く。

去年のクリスマスのコンサートに、
亡き祖母が昔、愛用していた服を、
やっと膨大な遺品の中から見つけたのだと、
身に着けていた黒い、シンプルなワンピースは、
彼女にとても似合っていた。

それがつい2週間前に 
彼女が子犬を連れて店に来ていた。

「リリー、っていうの」
その黒い子犬を私に紹介してくれたとき、

去年のクリスマスの彼女の黒いワンピースが蘇って、
そして、彼女の姉と一緒に、
ミシガン州にあるという、彼女の祖母の邸宅で、
二人して、その服を探し回ったという、ストーリーをふいに思い出した。

きっとそのストーリーの中で、
彼女は祖母の名前を口にしていたのだろう、

こんな言葉が私の口から出てきた。

「あなたのおばあさんの名前をこの子犬につけてあげたのね」

彼女は瞳を見開いて、
「祖母の名前を、よく覚えていてくれたわね!」
と驚いた。

私だってびっくりだった。
彼女のおばあさんの名前なんて、その時まで、考えもしたことがなかった。

記憶、というより、
ジグソーパズルがはまった、という感じだった。
その子犬の「黒さ」、ゆえに。


さて、
記憶の書庫は頭の中に存在しない、
というアイデアが自分のものになって
記憶力の可能性を
信じられるようになったのは、
私にとって、
とても大きかった。

記憶術の本を再び読むようになったのも手伝って、
人の名前を覚える作業が楽しくなった、
とひとり、嬉しがっている。


娘を喜ばせるためにも、
アニメの話にものってみようかな。
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by S_Nalco | 2011-12-11 14:56 |

2012年へ

1週間に2日の数時間、
デスクワークを手伝う人に来てもらって半年が経つ。

商売を始めてからこのかた、
デスクワークはブックキーピングも含めて全て私がやってきた。

終えても、終えても、また新しい月がやってくる。
数字関係だけでなく、
細かな雑用がとても多くて
それらに時間を使うのが私のストレスの一つだった。

何度もこの仕事を誰かに手伝ってもらうことを考えたけれど、
教えることが億劫で、
また誰にでも頼めることではないので
ずっとそのままだった。

けれどある日、
以前店で働いていた女性が、仕事を、と言ってきたときに
仕事が出来て、信用できて、個人的にも大好きな彼女に頼むことにしたのだった。

さっそく私は友人でもある、
担当の税理士のオフィスを訪ねて、
「デスクワークを頼む人が見つかったんだけど、何か忠告は?」
と聞いた。

何をやっても成功しそうな、長身の美人税理士(笑)は、
あら、あら、という顔をして、
「人は間違えるものなのよ」
と一言。

若いころ日本の銀行で働いていた私は
一円の間違いも「許さない」精神を叩き込まれたせいか、
「皆んなが皆んなあなたのようには出来ないのよ」
と彼女は言ってくれる。(でも、もちろん私も間違えるし、彼女からは教えて貰う事ばかりだ)。
沢山のクライアントを抱える彼女の苦労を伺わせる発言でもある。
(彼女の仕事を知れば知るほど、その仕事は忍耐力も必要だと思う)。

「すべての仕事は必ずあなたが最後に目を通すようにね、完全には任せてはだめよ」
と忠告を受けて、
それでも「これで楽になる!」と
私は意気揚々にスタートした。

自分が長い間やっていたことを 
短期間に私と同じようにできるわけはない。
仕事の量と時間を見比べる日々が続いたけれど、
それは投資の時間。
多くの仕事のうち、何を任せれば一番効率いいのか、
だんだんとわかり、彼女も慣れてきて 
半年経った今、彼女がいる間は自分が二人になった気分をリアルに味わっている(笑)。

初めの頃は私のストレスが彼女にも伝わることがあったと思う。
人に笑顔で働いてもらうためには、
私は戦略的でなければならないと思った。
ダイニングスタッフをトレーニングするのとは、
また何か違う。



ときどき、自分に突然何かあったときのことを考えて、
このままじゃいけないなあ、と思っていた。

経理関係の手はずが私の頭の中にしかないので、
私がいないと
25人の従業員の給料が遅れたり、
税金の為の書類が用意できなくなって困ることになる。

もともと夫と二人で、従業員も2人くらい、
というアイデアで始めた商売で、
そのメンタリティがこんな所でまだ抜けてなかったのかと思う。

店はずい分前から、
私や夫が不在でも問題ないシステムになっているけれど、
肝心な数字の部分を、
ひょっとすると私は
自分で囲って手放したくなかったのだろかと思う。
口ではもう、やりたくないなんて言いながら。

年末の大掃除で、
思わぬ場所に、ホコリを見つけた気分だ。


一つ、周期を終えて、
この商売自体が次のステップに入ろうとしているのを
内からも外からも感じる。


新しい年に向けて、自分の気持ちを整えている。
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by S_Nalco | 2011-12-05 07:22 | 成長